21.『人形』とお洒落カフェ
終末、いや週末が来た。
昼間は一応子供服姿で出歩いて、幾人かご近所さんマモノビトの顔見知りができたり、それもまた撮られてSNSに上げられたり。
夕方になるとダッシュで下校してくる慎太郎指導で……
「んー、もうキモチだけ感情出してみよーか」
「一人称、私からあたしに変えられない?」
「いいねー、いいよー。姫、カワイイよ、姫―」
夕食までみっちり人形者キャラの特訓をしたり。
絵里香に負けたくないのか、自分好みに演出した人形少女を連れ歩きたいのか。マモノビトイメージアップという、当初の目的と手段はたぶん既に転倒している。
そして迎える本番の朝――……
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光るプイキュアパジャマでリビングに来ると、休みはいつも昼近くまで寝ている慎太郎がトーストを齧っている。
「早いな」
「おはよ。楽しみで目が覚めた」
「はは、そりゃ良かった」
テーブルの向かいに座る。笑顔の下で早くも今日という日に不安が差す。
とは言え。
久々に子どもと二人で出掛ける、そこはお父さん楽しみではある。
「そうだ、今日は何着よう?」
どうせだから家族サービス、リクエストに応えるか。あまり父親らしからぬサービスの方向性だが。赤いランドセルとは言わない良識を願う。
慎太郎はパンの最後を口に詰め込み、コーヒーで流し込んだ。
「こら、ちゃんと噛む」
「そーさなー、デフォルトがいいんじゃん? 今日はマモノビトバレしていいつうか、バレしに行くんだし」
「黒装束か」
慎太郎がニヤリと親指を立てた。
「姫、マモノビトアイドルデビュー♪」
「何時頃出る?」
「んー、10時過ぎでいいかな」
そう言って椅子を立った慎太郎を、廊下に見送り、私もコーヒーでも飲むかとキッチンへ。
電気ケトルが湯を沸かすのを待つ。思えば明日で『魔王』に呪いを掛けられて1週間。我が身に起きた思いも寄らない出来事、対する周囲の反応もまた思いも寄らないもので、目まぐるしく過ぎたこの6日間で……
私のスルースキル、めちゃくちゃ上がったなあ。
寝室のクローゼットに吊るした、黒いローブとチュニック。人形に変えられた私が、初期装備で着ていた服。
袖を通すとしっくり馴染む。誂えたよう、と言うか実際このカラダに合わせて拵えてあるのだ。思えば仕立服なんて一着も持ってないな。鏡で見ると、うん、やっぱりこれが一番似合って……
って、何を微笑んでるんだ、私? 服が可愛いとか似合うとか、外見に引っ張られつつあるぞ。忘れるな、鏡像の中身はオッサンだってことを。
気を取り直して黒フードをぽそっと被れば、魔法人形コーデの完成だ。人形のカラダ同様、この服も“異世界”のモノなのだろう。ゲームみたいに防御力があったり、攻撃魔法を跳ね返したりしないものかな。
「いずれにせよ、勝負服、ってやつか」
鏡の自分と、コツンと陶器の拳を合わせる。世間の目と息子の目、今日は割と戦争だ。防御力、高いといいなー。
慎太郎と連れ立ってマンションのエントランスを出る。
行き先は駅と反対方向へ15分ほど、山の手の住宅地にある隠れ家的カフェ。何でも雑誌とかにも載って、この辺りでは人気店らしい。
……ガチめにデートコースだな。ますます不安だぞ。
しかし不安と言えば、絵里香と慎太郎にいろいろ吹き込まれてから、人目が気になって仕方ない。恐る恐る家を出て、慎太郎と並んで歩いていると、いつどこからスマホカメラを向けられてるかとキョロキョロしてしまう。
「姫、不自然だぞ」
他人事だと思って……
私は横目で慎太郎を睨んだが、ふっと表情を消して、
「……よくわからない。誰かと一緒に歩くのは初めてだから」
抑揚に欠けたトーンで返してやると、
「お、おお? そっちはずいぶん自然だな」
少しばかり怯んだようだった。フン、どんなもんだ。
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高台に掛かる閑静な住宅地、探し当てた目当ての店のドアを、慎太郎の背中に続いてくぐる。チリン、頭の遠く上でドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませー、お二人様ですか?」
「……いらっしゃい」
「こちらのお席にどうぞー♪」
ウェイトレスのお嬢さんの元気な、カウンターの内からマスターの落ち着いた声に迎えられ、奥まったテーブル席に通される。お冷とおしぼりが運ばれ、メニューを開いてしばし、慎太郎が手筈通りチョコレートパフェと、自分にはアイスコーヒーを注文した。
「はぁい、かしこまりましたー」
私はフードの陰に隠れ、小さいカラダをなお小さくしている。
店員さんが行って、私はそろそろと店内の様子を伺ってみる。
何風と呼ぶかはわからないけど、統一感のある可愛らしい調度で設えた、お洒落なカフェだ。二人掛けのテーブル席が三つに四人掛けが二つ、後はカウンター席の小ぢんまりした店で、マスターと店員さんの二人で切り盛りしているらしい。
お客は女性グループとカップルが一組ずつ。私が時折通っていた駅前の純喫茶やスタバなどのシアトル系とは、客層や趣きを異にする。人間であった時には、ちょっと男一人で入ろうという店ではない。
「りょう君、アイスひとつにチョコパ一丁!」
「店では店長と呼べと言ってるだろ」
おや? あの雰囲気、もしかすると店の二人も恋人か夫婦? ううん、これはますます男性単身、ましてオッサンが攻め込むには敷居が高い(誤用)。
が。
絵面に限ってみれば憚りながら、このオシャンティなインテリアに一番馴染むのは“お人形”であるこの私ではないかな? ほら、そこんとこの飾り棚に腰掛ければ、違和感なくて閉店まで気づかれないかもだ。多少サイズはデカいけど。
それに。
我がの息子ではあるけど、ちゃんとカップルで来てるしな。
「ふふん♪」
丸めていた背中を伸ばす私に、慎太郎が怪訝そうにする。
「ん、どした、姫?」
「別にー」
ふふん♪ そうだよ、私はカワイイし、男の子連れだもん。お洒落カフェ、怖るるに足らずだ♪
後に――……安治川大治郎氏は以下のように述懐している。
「いえ、あの時は行きつけない女性向きの店に舞い上がったと言うか、お洒落さの雰囲気に酔ったというか……その、違うんです……」
そうして心許なさを自尊心で鎧っていると、先に慎太郎のアイスコーヒー、そして討伐対象のチョコレートパフェが降臨した。
「……姫。どう、やれる?」
「シミュレートは万全……息子よ、父を信じろ」
チョコパを挟み、謎の緊迫が走る。
不自然な自然は、パフェを運んできた店員さんにも伝播し、彼女もトレイを胸に抱いて二歩ばかり後退して、
「むう……」
息を詰める。お客さん達も見守っている。
いざ、決戦の刻――……




