10.『魔法人形』のトリセツ
懸念はあれど、悪い話ではない。Drも至極ご機嫌のご様子だし。
「良かろウ良かろウ。日々のメンテナンスからオーバーホール、修理・追加兵装・改造に至るマデ吾輩がキッチリ面倒を見てやる故、大船に乗った気でいるが良いゾ」
「改造?」
そこへまたもや慎太郎が割って入った。
「じゃあドクター。穴、増やせたりする?」
穴……“穴”っ?!
お前、実のお父さんにナニをする気だ?
Drも怪訝そうに、
「穴? マア、ソレくらいは容易いガ……ドテッ腹に二つ三つ開けるカ?」
そんなとこに二つ三つ開けられてたまるか。
「いいね、リョナっぽい」
待って。聞こえてはいけない単語が聞こえた。
薄紫の瞳をキロッと動かし、慎太郎を睨む。
「家に帰ったら、一度お前のパソコンをチェックしていいか」
「ヤメとけよ。姫みたいな女の子の見るもんじゃねえぜ?」
「おっさんだよ、お前の目の前の中の人は」
「姫、赤ちゃんはキャベツ畑で出来るんじゃないんだよ?」
「知っとるわ。お前がどうやって製作されたと思ってんだ。私が貴様の創造主だ」
すると慎太郎はニヤニヤと笑って、
「へえ……知ってるんだ?」
身を屈め、私の耳元に吐息を掛けるように囁いた。
「姫って、意外とエッチな子なんだね?」
ヤメて……心が死ぬ……
何が悲しくて、お父さん、高1の息子から言葉責め。
「慎太郎、時々でいいから思い出してくれ。私がお前の父さんだってこと」
「あ、そうだっけ?」
慎太郎がきょとんとする。本気そうで怖い。球体関節が震える。
慎太郎は蚊帳の外感でボケッとしてたDrを振り返り、
「で、穴なんだけど」
「まだ言うか」
「フム、どこに開ければイイ?」
「どこにも開けんでいい。むしろこいつの頭に開けて、中身診てやってくれ」
そう言うと、慎太郎が肩をすくめて私を見た。
「え、頭に? 姫ぇ、それリョナでもハードル高い目のやつだぞ」
……こいつ、脳内に直接……?
ノーカン……今の発言、ノーカウント……っ!
いやいや、待った待った。慎太郎と遊んでる場合じゃないんだ。私はDrに訊きたかったことを口に上した。
「Dr、アンタならこのカラダをどうにでもできるんだな?」
「フン、吾輩に不可能はナイ。望みがあらば許ス、何なりと申してみヨ」
Drは鷹揚に応じる。だったら……
「私を元に戻せるのか?」
Drは片眼鏡の側の眉を上げ、
「……そうきたカ」
金色の前髪をワシャッと掻き上げた。
「うぅム、口惜しイが前言撤回ダ。ソレばかりは吾輩も、“二つの理由”から無理ダと言わざるを得ン」
「二つの理由?」
落胆を隠せない私に、Drは渋面で答える。
「そうダ。第一に『人形姫』を作っタのは吾輩だガ、貴様の精神を魔法人形に宿しタのは『魔王』陛下の術式。カラダの方は如何ともできテも、陛下の魔法は吾輩では如何ともならン。第二に……」
「第二に?」
「我が作品に人間の魂が入っているファンタスティックなこの状況、ドラスティックにデータを集めねバ、たとえ陛下の術式を解クことが可能だとしテも、吾輩の知的好奇心が許さンよ、人形姫」
「てめえ……」
この男、根っからの悪人ではないように思えるが、どこか欠落している。やはり人と魔族は理解し合うことはできないのか。
「うん、オレも姫を元に戻すのは反対だぜ、ドクター」
そして息子も何かが大きく欠落している。
「姫、マジに可愛いからなー。もしドクターが元に戻すっつっても、オレがそうはさせねー。全力阻止すんぜ」
ああ……お前はどうして、そんなに真っ直ぐな目をしているのだ?
Dr.ボンダンスも、真っ直ぐな目で慎太郎を見た。
「シンタロー……貴様なら理解してくれルと思っていたゾ」
「ドクター……」
そして再び固く握り交わされる、手と手。
あー……人と魔族が理解し合えたわー……
「ところで。実はここに来る前、うっかり飲み物を口にしてしまったんだが、それは大丈夫なのか? そもそも私、食事する必要ある?」
ついでなので疑問をぶつけてみると、Drは技術者の顔になり、
「お答えしよウ。魔法人形は、魔界では大気中の魔力を自動的に取り込み、動力を得られルよう設計してあル。本来なら食事は必要としなイ」
製品仕様を、得々と語り始める。
「だガ慧眼にして周到なる吾輩は、魔力が供給困難な環境下、即ち人間界での運用を想定しテ、有機物分解から活動エネルギーを生み出す副動力機構を予め魔法人形に組み込んでおル」
なるほど。漢字と熟語が多くてわかりにくい。
「平たく言えバ、魔法人形は人間界においては食事が可能かつ必要な作りダ。貴様はこれまで通り三食フツウに食えば良イ」
なるほど。食事はしていい、と。
けど……私は西洋下着を下ろして確認した作りから、小声でDrに質問を重ねた。
「その……排泄の方は……?」
「ン? アア、心配無用ダ。取り込んだ食物は分子単位まで分解さレ、呼気によって体外に排出されル」
Drは得意げに私に指を突きつけた。
「魔法人形う●こしなイ! 故に貴様に出す穴は必要ナイ!」
「いや、けど入れる穴は必要だろ!」
慎太郎が口を挟む。
うっせえわ。声がデカいわ、二人とも。
Drは私をまじっと見つめ、
「ちなみに、貴様、味覚はあルのカ?」
「うん、飲んだ紅茶の味はわかった」
「その他の感覚、五感はどうダ?」
「多少違和感のあるものもあるが、人間だった時とそう変わらない、と思う」
逆に問診を返してきた。私の答えに、Drは少し考え、少し真面目な様子で、
「そうカ。ならば食事もだガ、睡眠、入浴、飲酒や喫煙はしテいたカ? 貴様が人間であっタ時の習慣は、できる限り継続すると良イ。
魔法人形には不要な行為でも、貴様にとって必要なコトは、メンタルのバランスを保ち新しいカラダへのストレスを軽減すル。日常の意図的な継続は、突発の異変に対すル有効な対処のひとつであル」
急に本当のお医者さんのようなこと言い出した。
意外と驚いて見つめると、Drはすぐニヤリと笑い返す。
「フ……中身が早々に壊れては詰まらンからナ」
おっと、これだよ。
「ククク……魔法人形への人間の精神と感覚からのフィードバック、実に興味深イ。いずれ貴様を隅々まで調べ、データを回収させてもらうゾ」
ヤだよ。
「待てよ、ドクター。姫を隅々まで調べるのはオレが先だかんな」
もっとヤだよ。
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ともあれ。
もう、頭の中はいろいろグチャグチャだけど、いやまだ物理的には純潔だけど……え? 私は何を言って……それってどういうことだってばよ……ふええ、もうワケがわかんないよぉ(錯乱)。
……ともあれ!(復旧)
えー、こほん。
この日。この歴史に刻まれるべき日。我が創造主と我が息子に、魔界人と人間の間に互いを理解し合う心の交流が、属する世界と種族を超えた友情が、希望へとつながる可能性が芽生えて――……
……――ゴメン、無理。
お父さん、変態同士が意気投合したようにしか思えないよ。
ともあれ(三度目)。
「宜しく頼む、Dr.ボンダンス」
私が殊勝に頭を垂れれば、
「ククク……フハハ……フーハッハッハーア! 安堵して眠レ、我が『人形姫』ヨ。貴様こそコノ比類なき偉大なル天才、ドクターァ・ボンダンスゥ!の創造せし最高傑作を努々粗末に扱うではないゾ!」
創造主サマは上機嫌にお応えになる。
彼の人は、私の味方か、人類の敵か。ともあれ(四度目)私の命運は、このエキセントリックな男の手の中に転がされるダイスでしかない。当面は。
賽を振る手を、ダイスは如何ともできない。
だが、しかし。振られるダイスが正直に、六面に一から六の目を刻んでいる義理は、シューターに対してないのだ。