異世界生活はそんなに天国でもないみたい
異世界生活の最初の試練?
ホカホカの焼きたてのクロワッサンに、赤と緑の色彩豊かなサラダ、濃厚でクリーミーなコーンスープ、美味しそうな焦げ目のついたベーコンに、半熟とろとろの目玉焼き、更には、デザートのプリンまで。
「お、お、美味し〜」
あまりの美味しさに、口いっぱいに朝食を頬張る。異世界の料理はどんなのだろうと、想像していたけれど、どうやら杞憂だったみたいだ。どの料理も、三ツ星レストランに出てくるほどの味。これが、お嬢様生活。これが、異世界。これが、私の新たな人生。
ブラボー、私の異世界生活!!!!
あぁ、こんなに贅沢な朝ごはん。私もう死んでもいいかも……。
まぁ、たとえ、異世界でも、現実はそうそう上手くいかないよね。
うんうん。
「ゴホッ...ヴ...ゲホッゴホッゴホッ...」
これは人間の食べ物なの?いや食べれなくもないのだけれど。なんというか……。これは……。
マリーに「本日の朝食です」と言われ、出されたのは、
バターの香る、美味しそうなスコーンとジャム、そして紅茶だった。
中世ヨーロッパみたいなメニューね。スコーンなんて、前世ではあまり食べたことがなかった。そりゃ、こんなオシャレなもの普段食べないでしょ。
「とても美味しそうね」
「本日のスコーンも料理長の手作りだそうですよ。ゆっくり、お召し上がりください」
料理長の手作りだと言われると、余計美味しそうに見えてきた。
さっそく、スコーンを手に取り、一欠片ちぎり食べて見る。
見た目はすっごく美味しそうなのだから、きっと味も美味しいはず。
あむっー
っう?
「……」
「お嬢様、どうかされましたか?」
こ、これは……。
「あっま!!」
バターの味がすると思いきや、なにこれ?!砂糖の塊?!
ジャムをつけて食べた訳でもなくて、スコーンを1口食べただけなのに……。
「お嬢様?」
マリーが、不思議そうにこっちを見つめてくる。
そっ、そうよ。私の舌が、たまたま、お、おかしくなっていただけだよね。もう一口食べれば、きっと違うはず。
あむっー
「やっぱり、あまい。甘すぎよ」
スーコーン自体の食感はサクサクで、悪くないはずなのに、味はこれでもかというほどに甘すぎる。朝からこれは胃に負担が……。こんなのかなりの甘党しか、食べないんじゃない?!
……。甘党……?
「ねぇ、マリー」
「はい。なんでしょうか」
そういうことか。このスコーンの原因は……。
「もしかして、以前の私ってかなりの甘党だった?」
「ええ、それはもう、周りの人が話を聞いたらだけで、胃へのダメージで寝込むほどの甘党でしたよ」
やっ、やっぱり!!
そう、ここは小説の世界。
それも、あの、『 リトセニア王国物語』
の中。
この小説のヒロインである、リーシェはそれはもう、絵に書いたような子だったが、ひとつだけ欠点がある。それは……。
大の甘党だったのだ。
「は、はは、これが俗にいう、シナリオの強制力……」
リーシェの甘党という設定がここにきて出てくるとは。
まだ他にもなにかあったりしないよね。
もう既にたくさんのフラグがたっている気がする。
新たな人生も、そう甘くないのかも。
トホホ……
「お嬢様が朝食は紅茶だけだなんて、本当にどこも悪くないのですか?」
「心配してくれるのはありがたいのだけれど、体調はいいから気にしなくて大丈夫よ」
マリーは私があのスコーンを食べなかったのが意外だったのか、紅茶を飲み始めてから何度も同じ質問を繰り返してくる。
一体、どんな生活を送れば、あのスコーンを食べないだけでこんなに騒ぎ立てる自体になるのか。
「本当ですかお腹が空いたらいつでもおっしゃてくださいね。約束ですよ!!」
そう言ってマリーはやっと、スコーンを片し、空になったティーカップに、紅茶を注ぐ。
(やっと、あの甘ったるいスコーンがなくなった。これで、私の胃の安全は確保できたよね。)
紅茶を1口口に入れ、胃を落ち着かせる。
朝の紅茶も、体が芯から温まって行く気がして、悪くない。
でも、1人で飲むのは寂しいので、マリーを誘って2人で飲むことにした。誘った時は、意外とあっさり受け入れてくれたので、転生する前は当たり前のことだったのかもしれない。
私の前の机をはさみ、向かいの椅子に座った
マリーは紅茶を片手に朝食での出来事を聞いてくる。
「いやー、まさかあのお嬢様が甘いものを拒むだなんて、驚きましたよ。まるで、別人にでもなったみたい」
ギクッ
いきなりとんでもないことを聞いてきて、思わず心臓が一瞬止まった。
「そうね、私もまさか朝食があんなに甘いとは驚いたわ。記憶を無くしたから、食の好みも変わったかもしれないわね」
「確かに、そういうことも有り得るかもですね」
ふぅー。
とりあえず記憶喪失ということにしておいて正解だった。また、ボロが出たら同じ言い訳を使おう。
そういえば……
「ねぇ、マリー」
「はい、なんでしょうか」
また、紅茶を1口飲みながら、本来話す予定だった話題を聞いてみる。
「さっきの朝食の時のように、もしかしたら、記憶喪失のせいで以前とは変わってしまっていることもあると思うの。だから以前の私がどんな人で、どんな生活を送っていたか、細かく教えてくれる?」
「はい、もちろんです!!このマリー、お嬢様の専属メイドを名乗るからには、お嬢様のことで知らない事などほとんどないので、お任せください!!」
そう声高々に、宣言した彼女は、転生前の私、つまり、この小説の主人公リーシェについて教えてくれた。
「まず、リーシェ様について、説明しますね」
「ええ。」
「リーシェは、先程もお伝えした通り、右に出るものはいないと言うほどの大の甘党で、デザートがとにかく大好きなお方でした」
「やっ、やっぱり……」
その設定はいつか修正したいところである。
「でもその他に関しては、何も欠点などなく、むしろ天使のようなお人です!!」
天使……。恋愛小説のヒロインらしいあだ名だ。まぁ、だいたい予想がつくが、詳しく聞いてみることにした。
「と、いうと?」
「リーシェお嬢様はそれはもう、誰対しても優しく、使用人たちにも自らお声掛けをしてくださいました」
これは、物語のリーシェと同じだ。彼女は女神のように、人々に優しさと笑顔を振りまき、老若男女問わず慕われてきた。
「それだけではなくてですね、礼儀作法やダンスも完璧で読書好きなお方だったので、博識でもあらせられました。もちろん、魔法や剣術に置いても日々鍛錬されていらっしゃいました」
「そうなのね」
さすが、ヒロインと言うべきだろうか。彼女は小説の中で誰よりも努力家なキャラだった。元々、才能があった訳ではないが、日々の積み重ねにより徐々に周りを圧倒する力をつけて行くのだ。
まるで、誰かの理想で作られたような絵に書いた人。
「そんなにリーシェお嬢様は、私の自慢の主人です!!リーシェ様は毎日、毎日、努力されてて、されて……」
そんなにことを考えていると、ついさっきまで、リーシェの話を自分のことのように目を輝かせながら語っていたマリーが急に、なにか思い詰めるような表情をして、声のトーンが低くなった。
「でも、お嬢様は……」
「?」
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