第96話 補給戦線5
マイペースだよな。二人とも。
ドラッグストアにて必要な物は、リュックへ詰めすでに入手完了。今は近くにあった雑貨屋で、欲しい物を探して回る時間。
食器に照明や鏡と置かれ、広い中でも商品が多い店内。ハルノは当てもなく彷徨っている様子で、啓太は子ども用のエプロンを品定めしている。
「ペタッ。ペタッ」
雑貨屋を歩き物色していると、水に濡れたよう足音。
音の発生源を探すため店内を見回し、不意のタイミングで目に止まったスタンドミラー。映っている存在に危機感を覚え、緊張感が一気に増して全身に力が入る。
なんでこんな所に、犬がいるんだよ。
スタンドミラーに映っていたのは、全身の毛が無く皮膚に赤らみある犬。様相から犬種の特定は叶わぬも、足は長く全体的に洗練された造り。
大きさは大人と比較し遜色ない、グレートピレニーズよりは小さい。それでも全長は一メートルを優に超え、襲われれば無事に済みそうはない。
「おいっ。ハルノ」
声を小さく肩を叩いて指を差し、犬のいる方へ向くよう促す。
「あの犬。感染しているわよね?」
「だろうな。気づかれる前に、この場を離れよう」
頭を低く犬の状態を見たハルノの問いに、確信なくも状況を鑑みて答える。
以前に大神製紙工場で遭遇したヒグマは、屍怪に噛まれ食うという所業。外見に異変は少なくとも、感染していると推察できた。
今回における犬の外見は、通常と比較して明らかに異質。全身の毛がなく皮膚に赤らみあることに加え、眼球は飛び出て動きもカメレオンのように左右で違う方向に。息が荒々しく、見える鋭い牙。感染していること容易に想像でき、言うなれば屍怪犬といったところだろう。
「おい! どこに行ってたんだよ! 姿が見えないから、探したじゃん!」
雑貨屋の出口となる場に立っているのは、子ども用のエプロンを持つ啓太。どうやらエプロンを決めた様子であるも、今は悠長なこと言っている暇はない。
「いっ! 今はそれどころじゃねぇ!! 犬がいるんだっ!」
振り返ると背後から見つめているのは、ペタペタと歩いてくる屍怪犬。首を前方から横へ転換させると、奇しくも定まりの悪い目と合った。
「バウッ! バウッ!」
途端に叫び駆け始めるは、異形な姿となった屍怪犬。雑貨屋の廊下を一直線に、こちらへ向かい迫りくる。
「犬ってなんだよ? って、嘘じゃん!!」
迫る屍怪犬に気づいては、エプロンをポケットに詰める啓太。雑貨屋の廊下を急ぎ駆けるハルノに続き、ペットフードを捨て最後尾であとを追う。
やっぱり犬の方が、足は速えぇ!!
以前に迫られたヒグマほど圧はないものの、躍動感ある走りに人間では勝てない。
助走をつけた跳躍力を持って、飛びかかろうとする屍怪犬。無我夢中で逃げる最中に、商品のフライパンへ手が伸びた。
「カンッ!!」
反射的にフライパンを振るっては、屍怪犬の顔へクリーンヒット。重さが軽かったこと幸いとし、商品が並ぶ陳列棚へ突き飛ばした。
「キャウンッ!!」
「行くぞっ!!」
悲鳴を上げる屍怪犬を他所に、急ぎ雑貨屋を脱出。
「聞いてないじゃん! 感染した犬がいるなんてっ!!」
啓太は屍怪犬の存在につき、驚き疑問を投げかけていた。
大神製紙工場で遭遇した、ヒグマのブラッドベアー然り。人間を含め犬や他の生物も、感染に例外ない現実である。
「論じている場合じゃない! ナナさんに言われた通り、命を何より優先にっ! 急いで外を目指そ……」
階段へ向かい廊下を走っていたところで、前方で道を塞ぐは新たな二匹の屍怪犬。
「前にもいやがるじゃん!!」
「後ろも追ってきているわよっ!!」
驚く啓太と背後を確認するハルノの言う通り、前後を屍怪犬に挟まれるという最悪の事態。
一階へ下りるための階段は、二匹の屍怪犬が塞ぐ先。フライパンで叩いた一匹も持ち直したようで、退路すらすでに断たれていた。
「真っ直ぐに進むのは、屍怪犬いて無理だっ! 迂回するしかない!」
廊下はHが積まれるようできており、所々で対角へ行ける場所は多い。
屍怪犬に前後を挟まれてはいるものの、現在地は丁度よく対角へいける地点。行く先は考える間もなく、一つしか存在しなかった。
「まだ追ってくるのかよっ!」
進路をやむなく変えても、追ってくる三匹の屍怪犬。足を速く確実に距離を詰めようとする様は、逃げたままでは事態の好転を望めそうにない。
「こうなったら殺るしかない!」
一階のイベントホールが見える、二階の円形に回る廊下にて提言。
「言っても、相手は三匹じゃん!!」
「一人一殺で殺るしかないでしょ!!」
廊下を走り回る中で、意見を言う啓太とハルノ。
このまま屍怪犬に追われていては、なんの進歩もなく無意味。今の差し迫った状況を変えるには、何か思い切った手が必要だった。
「それぞれ別の場所へ散って、引きつけて倒そう!」
「了解!」
「クソォ! やるしかないじゃん!」
急な展開で決まった作戦でも、ハルノに啓太とやむなく了承。屍怪犬が三匹も固まっていれば、動き読めず対処が難しいと考えての判断だ。
「絶対に死ぬなよ!」
「もちろんっ!」
「そっちこそじゃん!」
円形に回る廊下から逸れ、ハルノに啓太も各々の道へ。一人になっては屍怪犬を後ろに、店内を奥へと進み走った。




