第93話 補給戦線2
「なぁヤマト。終末の日から敷地外には、どのくらいの人が出たんだよ?」
「そうだな。オレたち自衛官を除けば、警察官が一人。家族が心配だと話し、随分と前に去った人のみだ」
陵王高校から住宅を横目に坂道を歩く中、ヤマトは質問に対し簡潔に答える。
終末の日から敷地外へ出たのは、自衛官を含め僅かに四人。今回の補給へ行くメンバーは、ほとんどが留まっていた者。ハルノと啓太を加えて除けば、みな一応に硬い表情をして見える。
「警察官なんていたんだな。俺は会った記憶がないけど」
「それはまぁ、戻って来てないんだ。無事に家族と合流して、避難できていれば良いけど。今は確認する手段もないし。祈るしかない」
警察官の存在につき問うと、会えない中でもヤマトは心配をしていた。
終末の日より以前と違い、電話など連絡手段を失った現在。生存を確認する方法など、直接に会う以外に手はないだろう。
***
昨今における社会全体の流れでは、街の中心部が発展し施設や整備が充実。地方の人口減少は加速の一途をたどり、都市の人口増加が顕著であった。
ここ北海道において中心となるのは、百万人の人口を超える札幌。それでも通勤圏内とされる岩見沢は長らく、八万人と一定の水準を保ち続けていた。
「札幌と比較してはかなり、岩見沢のほうが屍怪は少ないか」
「ああ。俺は一ヵ月くらい一人で回っていたから、間違いない。札幌ほど頻繁には、屍怪に遭遇しなかったよ」
ヤマトと肩を並べて歩き、市内の状況を語らう。
市役所や駅前に、住宅街に街外れ。札幌と人口の多い街と比べては、遭遇率から絶対数の観点でも。ここ岩見沢の屍怪は、少ないと言ってよい。
「屍怪との遭遇は、しないに越した事はない。今回の補給は大掛かりで、初めての試みだ。何を置いても絶対に、死者は出したくない」
ヤマトは今回の補給に当たり、身の安全につき特に熟慮していた。
初めての試みとなれば、読めぬ点も多い。賛成の意見が多く挙がる一方で、反対の立場を示す者が一定数いるも道理。一枚岩の行動でなければ何より、相応の結果が求められていた。
***
坂を下ってたどり着いた先は、四車線と道幅の広い国道。国道沿いにある自動車の販売店では、新車と思われる乗用車が展示。
他にも娯楽の場となるパチンコ店や、ガソリンスタンドにコンビニ。市民の生活に密接していただろう、多くの店舗が確認できる。
「前に何かいるぞっ!」
静けさに包まれた街で、ヤマトの叫びが反響した。
風が吹いては道路を転がり、通り過ぎていく空き缶。導かれるように歩いてくるのは、屍の怪物と化した悪しき屍怪たち。
「臨戦態勢! みんな! 周囲に気をつけろっ!!」
槍を構えるヤマトの注意を受け、場の空気は一転し緊張感が走った。ナナさんにハルノと啓太の三人は、動じず凛々しくも思える顔つき。初めて参加するメンバーは落ち着きなく、表情から不安が見てわかる。
前傾姿勢で項垂れるように歩くのは、血に汚れし衣服を着た長髪の女性屍怪。上半身が裸と半裸の男性屍怪や、まだ若いだろう青年屍怪。行く先と想定していた通りに、多数の屍怪が出現したのだ。
「慌てずにっ! 昨日の訓練でやった通り! 急所の頭を狙って、確実に撃破しましょう!」
槍を屍怪へ向けたまま、ヤマトは先頭に立ち訴える。
しかし初陣となったメンバーに、動ける者はいなかった。屍怪を見ること久しぶりなれば、直接に対峙した経験ない者たち。体は石のように硬直し、言葉すら発せずにいる。
「クソッ。蓮夜たちは動けるかっ!? 動けるなら、左から来る屍怪を頼めるかっ!?」
「問題ない! 任せろ!」
反応なきメンバーの対応を見かね、ヤマトは状況の把握に努めていた。
現在の状況において動けるのは、ヤマトとナナさん二人の自衛官。それに札幌の街を生き抜いた、ハルノと啓太を含めて計五人。
「光一閃」
光の如く間合いを詰め、鞘から抜き放って一閃。首元から素早く落とす抜刀術を持って、一体の屍怪を即座に無力化。
周囲では槍を振るヤマトと、ナナさんにハルノの女性二人。啓太は所持する金属バットを持って、迫る屍怪の頭を潰している。
「うわあぁぁ!!」
屍怪と戦う様に奮起したのか、声を大きく走り出した青年。足元を震わせ動揺する様も、全身全霊を持って槍を突き刺した。
しかし突き刺した場所は、訓練と異なり腹部。急所となる頭部を除けば効果的とならず、屍怪は槍を掴んだまま前進を試みている。
「屍怪を相手にするなら、頭を狙わないとダメじゃん!!」
啓太は戦闘の合間に助言するも、青年の槍は屍怪に掴まれた状態。今から頭部を狙いたくとも、簡単にできる話ではないだろう。
「落ち着けぇ!! 頭を狙うだけじゃあ! ワシらにもできるっ!!」
槍を屍怪の頭部へ突き刺し檄を飛ばすのは、灰色の作業服を着た小柄なツンツン頭の男。
光景を見ては各々に悟り、戦い始めるメンバーたち。槍を手に屍怪と対峙し、民間人から戦闘員へ。
「屍怪は見ての通り、オレたちに向かって来ます。覚悟を決めて殺さないと、オレたちが殺される側になりますよ」
屍怪との戦闘が一段落したところで、ヤマトは揺るがぬ事実を全員へ向け言う。
今回の経験から一つ学んだであろう、補給戦線へ参加したメンバーたち。敷地外で過ごすとなれば、相応に意識を変えなくてはならない。




