第8話 閉ざされた空間6
シェルターには防災倉庫の他にも、衛生面に配慮された洗面所やトイレ。シャワールームも完備されているという、生活を営むに最低限の施設は整えられていた。
目覚めた美月と顔を洗いに行くため、まずは洗面所へ。その後は配給にあったカンパンを食べ、畑中さんから聞いた『可能性』についての話をした。
「あまりに突然の話で。少し……頭を整理させてください」
『核戦争』という現実離れした言葉でも、美月は真剣に受け止めているようだった。
それから暫しの間は、会話もなく沈黙。結局は意見交換をすることもなく、一日の節目となる十二時を迎えた。
***
シェルター鉄扉前で、立ち話をする畑中さんと松田さん。傍から見た限り、何かの打ち合わせをしている様子。
「みなさん! 聞いてください! 後ろの人たちも聞き逃さないように、できる限り前でお願いします!」
避難者全体に聞こえるよう、畑中さんは大きな声で訴えかけた。
後方から押し寄せてくる避難者たち。畑中さんの前は今や、言葉を待ち座る者で密になっている。
「薄々お気づきの方もいるでしょうが。現在までにおいて、外部からの連絡や救助。その他アクションといったものは、一切ありません!」
全員が静かに聞き入る中で、畑中さんは現在の状況を端的に告げた。
ザワザワと騒ぎ始める、避難者たち。救助が来ていないのは、現状から明白。しかし『連絡くらいは』と、思った人もいたのだろう。ショックから肩を落とし、ため息を吐く姿もチラホラ見える。
「ですから僕たちは、これからをどうするか。自分たちで考え、決めなくてはいけません!」
「なんで連絡がないんだよっ!? 今日にも連絡がくるって話だろ!?」
畑中さんの言葉を遮り、一人の男性が声を荒げた。向ける視線の先は、隣に立つ駅員の松田さん。
連絡があるとの発言は、昨日の話である。そのため男性は、当人たる松田さんに答えを求めているようだ。
「ここから先は推測も混ざりますが。外では連絡や救助ができない状態。大事になっている可能性が……高いと考えらえられます」
質問に答えたのは、再び口を開いた畑中さん。しかし今回の発言は、マイナスイメージを連想させるもの。
となれば、聞いた避難者たちも動揺。不安と不満から、大きな揺らぎが生まれている。
「嘘だろ! なんで助けが来ないんだよ!」
「助けが来ないんじゃ……ここに居ても無意味じゃないか。なら、もう外に出せよ」
「外に家族がいるんです! 外に出してください!」
それぞれに騒ぎ始める避難者たち。全体の主張は一方的なものとなり、話は外へ出るほうへと進み始めた。
それも当然だよな。助けが来ないとなれば、『ここに居る意味はない』と考えても不思議はない。
俺だって畑中さんの話を聞いてなければ、外に出たいと思っていたはずだ。そう。外で起きているだろう。『可能性』を聞いていなければ。
「みなさん! 落ち着いてください! 話には続きがあります!」
騒ぎを収めようと、声を発する畑中さん。
話に続きがあると聞いては、避難者たちも静まり注視。
「今の僕たちに選べる道は、外に出るか! このシェルターに留まるかです!」
「ここに居ても意味ねーだろ! 外に出せよ!」
畑中さんの話も途中に、シェルターに響く男の野次。
「言い分もわかりますが。今は現状を冷静に分析し、判断する必要があります。連絡や救助が来ない原因。それは……戦争。核の可能性もあると考えています!」
畑中さんの一言。『核』という言葉は、場を一瞬にして冷却。加熱しかけていた空気を、瞬く間に静まり返えらせた。
そして畑中さんは数時間前に告げたよう、大気の汚染は二週間経てば千分の一に減衰すること。二週間を乗り切れば、放射能症など生死に関わる症状を回避。生命を維持できると説明した。
「……それって。可能性の話だろ」
不穏な空気の中で生まれる、異議を唱える小さな声。
「そうです。あくまで可能性の話です! ですが核だったと仮定するなら、二週間で生存確率は……格段に跳ね上がるはずなんです!」
全身を躍動的に使い、力ある畑中さんの主張。
たしかに、俺も外に出たいとは思っている。いや……畑中さんの話を聞くまでは、そう思っていた。
外には家族や友人と大切な人がいて、誰しも心配であることは同じだ。だからと言って外に出る行為が、自身の死に直結しようものなら……どうしようもない。
「俺は二週間! シェルターに残っても良いと思う! それに残るという決断をしても、その間に助けが来る可能性だってあるはずだっ!」
畑中さんの意見に、乗ることを決断。話しを黙って聞く傍観者的立場から、立ち上がり考えを主張する当事者へ。
集まる多くの視線。しかしあと一押しが足りないようで、避難者たちの行動に変化を促せなかった。
「そうですよっ! 慌てて外に出て……私たちが死んでしまったら、生きて待っている家族や友人にも会えないんですよっ!」
次に立ち上がり声を発したのは、隣の女子高生である美月だった。
生きて待っていると言い切っているのは、美月の願いを含むところもあるのだろうな。
こんな状況だから、正直。家族や友人がどうなっているのか。想像もつかない。
外へ脱出しなければ誰が生き、死んでいるのか。わかりはしない。
しかしどれもこれも、己が生き残らねばわからぬ話。今は何よりもまず、己の命を一番に考えなくてはならないのだ。
「おれが死んじまったら、外で待っている娘にも……会えやしねぇか」
「待っている間に助けが来るかもしれませんし。今は残るのもありかもしれませんね」
「彼の言うこと信じます。わたしと娘は畑中さんに、怪我の治療をしてもらいました。そんな人が、嘘をついているなんて思えません!」
訴えに感化され、意見を述べる避難者たち。外に出せという一辺倒な空気は、残るという雰囲気に一転した。
最たる要因には『畑中さんが言うなら』と、人望によるところが大きかったよう思える。初日から怪我人の治療を行い、全体へ尽力し貢献して得た信頼。それでも外に出たい。と言う者も数名いたが、周囲の人たちに説得され渋々納得した様子だった。
俺としては……あの不良たちが何か騒動を起こすんじゃないかと、心配していたんだけどな。
しかし不良たちは声を発するどころか、姿すら見せず。シェルターに残る方向で、話し合いは進められた。
結論として、シェルターで二週間を過ごすと決定。それでも連絡や救助がないなら、諦め外へ出ようという話でまとまった。