第85話 見習い看護師
毎日のように外へ出て、酷使を続けていた体。負った怪我と体力回復を兼ねて、暫くは外出禁止の命令を受けた。
ベッドが二台と、机が置かれる保健室。今は仕方なくベッド上で横になり、言いつけを守り休養をしている。
「おはよー! お兄ちゃん!」
「おはようございます。怪我の状態はどうですか?」
怪我の見舞いと治療に訪れたのは、彩加と葛西真弥の女子高生二人。
茶色味あるセミショートの髪に、白いカチューシャを付けた彩加。服装は黄色いシャツにデニムのショートパンツと、ジャージ姿であった時から様変わり。
灰色味あるボブヘアーの髪型に、星形の髪留めをしている葛西さん。こちらもジャージ姿から白い割烹着と、服装からだいぶ違った印象を受ける。手には銀色のトレーを持ち、トレー上には包帯や絆創膏に消毒液。治療道具をたくさん持ってきては、怪我の治療にきてくれたようだ。
「あっ! 服を着替えたんだねっ!? 今までずっと、真っ黒な服を着ていたのっ!」
「さすがにかなり、汚れていたからな」
服装を見て彩加が指摘する通り、白いシャツに着替え黒のパンツは新調した。
今まで着用していた服は傷みが目立ち、夕山との衝突で酷く汚れてしまった。加えて気持ちの変化も大きく、心機一転を求めたのも要因である。
「少し痛いかも知れませんけど。我慢してくださいね」
「……っつ!」
葛西さんの吹き付ける消毒液に、痛みから思わず声が漏れる。
先日における夕山との衝突で、全身に負った各所の怪我。額には包帯を何周もさせて巻き、頬には大きな絆創膏。見たまま傷だらけの姿となっては、まさに満身創痍の状態である。
「大丈夫ですか!?」
痛みに反応した姿を見て、葛西さんは配慮し手を止めた。
「本当どうしようもないよねー。喧嘩で怪我なんて」
「悪かったな」
治療の動向を見守る彩加は、怪我の原因につき呆れていた。
屍怪が徘徊する世界となって久しく、変わらず物資の補給は難しい。それは毎日の食料から、もちろん薬も同様に。混沌を生きる中で喧嘩をし怪我を負うなど、客観的に見ては愚かな話であろう。
「それに比べて真弥ちゃんは、今や看護師の一人だもんっ! 怪我人や病人の治療をして、とても頼られる存在なんだからっ!」
彩加が説明する通りに、葛西さんは看護師の役を担っている。
陵王高校に避難する、多くの避難者たち。現在ように保健室で治療を行い、持病などある人を訪ねて回る日々。先々で会話を重ねて関係を築き、今や信頼が厚い人物との話だ。
「たしかに手際も良いし。慣れているって感じだよな」
「まだまだ見習いですよ! 私は……戦えないですけど。みんなの力になりたいですから」
治療について素直な感想を述べると、葛西さんは恥ずかしそうに謙遜していた。
葛西さんは自分にできる事を見つけ、努力し頑張っているんだな。
夕山は力がなければ、ダメであると主張していた。
力の概念。それは腕っぷしの強さに限らず、葛西さんの姿に片鱗。一つ違った答えを、見ている気がした。
***
「それはそうと、お兄ちゃん! お母さんも心配していたんだよ。顔を見せてあげたら?」
「そうだな。どこに居るんだよ?」
「怪我人や病人を診ているはずだから。体育館か空き教室の、どちらかじゃないかなぁ」
促され彩加と二人で向かったのは、避難者の多くが集まる体育館。
体育館へ向かう途中の廊下には、窓際に干される衣服やタオルと洗濯物。青いバケツに雑巾と掃除道具が残され、生活が垣間見える状況であった。
「お母さんを知りませんか?」
体育館に着き彩加は、近くの老婆へ問いかけている。
体育館は以前と変わらず、避難者が集まっている状況。床にはブルーシートと布団が敷かれ、ダンボールや本棚で区切られた空間。テントが張られている場所も確認でき、今も人の姿が多く確認できる。
「静香さんかい? あれまぁ。さっきまで居たんだけどね。ここに居ないなら、大江さんの所じゃないかい?」
老婆は体育館を見回して言い、どうやら姿はここにない様子。
久しぶりに訪れた、陵王高校の体育館。各スペースで談笑する婦人たちに、碁盤を前に囲碁を打つ老人たち。子どもたちは壇上と目の届く高い位置で遊んでおり、どうやら暗い雰囲気ではないようだ。




