第84話 きっと
「うぉおおお!!」
拳を放ち合うも、回避に受け流し。両者ともにクリーンヒットならず、互いを捉えきれずにいた。
「結局は人間なんて、自分が一番なんだよっ!! 進んでリスクを負うなんて、馬鹿だけがすることさっ!!」
夕山は自身の意見を言う中で、僅かに後ろへ後退した。
そして飛んできたのは、強烈な蹴り。まともに腹部へ直撃しては、体は後方へ押し下げられる。
「……くっ!!」
しかし筋力トレーニングを行い、地道に鍛えていた体。腹筋に力を入れ堪えたとなれば、倒れず即座に反撃へ打って出る。
夕山は伸ばした足を戻すに、未だ体勢が崩れたまま。好機と判断しては勢いつけ、一気に加速し間合いを詰める。
「なっ!!」
渾身の蹴りを繰り出したであろう夕山は、立て直し速度に驚愕していた。そして勢いつけた右拳は頬を捉え、大きく体を仰け反らせる。
「……このっ!!」
しかし倒れぬ夕山から飛んできたのは、反動を活かしての右拳。
今度はこちらも回避できず、同様に頬へ受ける展開。気づけば両者ともに拳を受け合い、痛みダメージを負っていた。
「人間なんて言うのは、利益がなければ動かないものだよ。それに蓮夜も、わかっているんだろ? 何をするにも、力がないとダメなことくらいっ!!」
再び駆け寄り放たれる夕山の蹴りを、今度は両手でガッチリと受け止める。そして手を離すと同時に、再び放つ右拳。
しかし今度は夕山も、即座に反応。脇で抱えるよう受け止められては、右腕を完全に抑えられてしまった。
「同じ攻撃が何度も通じないのは、お互い様のようだね」
右腕を抑えたまま、素早く動き出す夕山。あっという間に背後を取られては、首に腕を回される展開。
スリーパーホールドとプロレス技を受けては、頚動脈を締め上げられ襲う息苦しさ。目前の光景が霞み始め、遠のく意識に危機感を覚えた。
……マズい。
腕を離そうと試みるも、強い締め上げに歯が立たない。このままでは時期に、意識を失ってしまうだろう。
抵抗する手段が、限られた状態。それでも抗うことを止めず、右肘を前後に夕山の腹部へ打ちつける。
「ハァハァ。……やるね」
連続して腹部へ決まっては、腕を解き夕山は離れた。
互いに傷つけ合い、両者ともに満身創痍。額や唇からは血が流れ、全身に傷も多く痛みが残る。衣服に土埃が着いては汚れた姿となり、息が上がって体力の限界も近かった。
「そろそろ終わりにしないかな?」
「ああ。そうだな」
決着を所望する夕山に応じ、揃って地を蹴り前方へ駆ける。
「もう! やめなさいよっ!」
間に入って声を上げたのは、両手を自身と夕山へ向ける朝日奈ハルノ。
オレンジ色に近い明るい髪を、高い位置で結んでポニーテールに。母親が日本人で父親が外国人と、ハーフで綺麗な翠色の瞳が特徴的。オレンジのブラウスに白いハーフパンツを着用した、幼馴染の同級生である。
「蓮夜! 美月がなぜ蓮夜を助けたのか、本当にわからないのっ!? 動けずにいた蓮夜を、助けたかっただけよっ! 蓮夜が美月を助けたかったのと同じに、美月も蓮夜を助けたかったのっ!」
目にいっぱいの涙を浮かべてハルノは、美月の気持ちを代弁するように言った。
「お互い助け合おうって気持ちが、なんでわからないのよっ!! 蓮夜はみんなのためにって、一人で頑張っているみたいだけど。もっと周りを頼ってよっ! 背負い込み過ぎなのよっ!!」
大粒の涙を流し訴えるハルノの姿を見て、己の考えが間違いであったと悟る。
「蓮夜まで無理をして、もしもの事があったら……」
力なく何度も胸を叩きにきて、ハルノは心配と不安を吐露していた。
目を閉じて思い出すのは、美月を失った日の光景。ゆっくりと宙を落下し、地面に打ちつけられる刺股。屍怪に囲まれる中で、顔を向ける美月。口元の動きを読み、伝えようとしていた言葉はきっと。
「ごめんなさい。ありがとう」
美月が伝えようとしていた言葉は、嘘つき咎め責めようとしたものではない。
思い返し美月が直前に発言したのは、見捨てません。屍怪に迫られる中でも、必死に庇う一言。
「そうだ。……そうだったんだ」
目から涙が溢れて、頬を伝わり流れ落ちた。
人を助けるという行為は、傲慢や利己的なものに限らない。人間が誰しも持っているだろう、他者を労わる優しさ思いやり。大切なものを守りたいという、至って普通の気持ちだったのだ。




