第80話 追われる少女1
カレンダーに×印を一つ加え、美月を探し回る日々。
気づけば岩見沢に着き、すでに一ヶ月ほど。スーパーマーケットや飲食店が建ち並ぶ繁華街に、バスターミナルや駅前通りと商店街周辺。市役所に病院と公共施設から、各所に存在する住宅地区まで。
今日は……どこへ行くか。
悩みながらも足を向けたのは、岩見沢でも街外れに位置する山沿い地区。
山沿いと高台の土地で、歩く道路を中央に左手の斜面に建つは民家。右手は高低差ある深き谷で、奥には緑が映える木々の姿。山と森を一体に感じる、自然と住宅地区の境となる場所だ。
「……あれは」
緩やかな斜面に建つ民家へ目を向けると、路地裏へ駆けていく少女の姿。後ろには屍怪と思わしき汚れた姿があり、どうやら背を追われているようだ。
……。
屍怪に追われているとなれば、見て見ぬふりはできない。
民家が建ち並ぶ住宅地区を抜け、木々の多い山へ走っていった少女。その背を見失わないよう、急ぎ駆けて後ろを追った。
***
「これが私の運命なのね」
緑が多く雑草が生える山で、木を背に追い込まれている少女。
「ウァアアア……」
向き合っている眼前には、屍怪となった者が大口を開けて迫る。
「……光一閃」
今にも襲い迫ろうとする屍怪の背後に、光の如く間合いを詰めて抜刀術。鞘から刀を抜き放つ動作で一斬を与え、首を落とし少女を背に振り返った。
少女を追っていた屍怪は、全部で三体。一体をすでに屠ったため、制圧するに残りは二体となっている。
「……来いよ」
緩やかな斜面となっては、重心を定め難い場所。木の枝なども邪魔であり、刀を振るうに悪条件。
それでも愛刀である黒夜刀を構え、迫る二体の屍怪と向き合った。
「アアアァァァ……」
掠れた声を漏らし迫る屍怪の攻撃を回避し、腹部へ蹴りを入れては斜面をゴロゴロと転がっていく姿。残すもう一体の対処を先行と判断しては、刀を一直線に頭部への突き刺し。
頭部を貫通し木に磔となっては、ブルブルと体を痙攣させ一体は沈黙。転げ倒れた屍怪にも刀を突き刺し、止めとともに場の収束となった。
「どうやら違ったみたい」
木を背に立っていたのは、色白で幼さ残る少女。肩まである汚れた黒髪に、眉毛は薄くぼんやりとした顔つき。
小さく可愛らしいライオンキャラに、埋め尽くされたピンクのパーカー。膝まである白のスカートを着用し、両耳には獅子の耳飾りをしている。
「ありがとう。助けてくれて」
屍怪に迫られる窮地を脱したところで、少女は落ち着いた様で礼を言う。危険な状況にいたというのに、思いの外にも動揺は少ないようだ。
「私は食料を探しに、街へ出向いていたの。お兄さんも?」
木々が多く斜面となっている山から離れ、舗装された道路へ向かう途中で問う少女。
「俺は……違うよ」
行方知れずの美月を探すに、市内の至る所を歩き回っていた身。陵王高校には多くの避難者がいるも、水や食料は十分に取れているようだった。
自分自身の事だけならば、己が力で解決できる。スーパーマーケットやコンビニに、空き家となった民家を回れば。一人分となれば現在のところ、確保は難しい話ではない。
「そう。私は杉田カレンって言うの。お兄さんのお名前は?」
「……一ノ瀬蓮夜」
「蓮夜さん。助けてくれて、ありがとう。それじゃあ、また」
舗装された道路へ戻った所で、杉田さんは再び礼をして背を向けた。岩見沢市内へ向かうのではなく、どうやら一人で街外れを奥へ向かうようだ。
「……俺と一緒に来ないか? 生き残った人たちが集まる、避難所があるんだ」
年端も行かぬ少女を、一人で放置するわけにもいかない。
避難所となっている陵王高校へ行けば、多くの避難者が集まり協力体制が整えられている。一人でいるとなれば、合流したほうが安全に思えた。
「誘いは嬉しいけど。兄と兄の彼女が待っているの」
答える少女の杉田さんには、家族がいるとの話。今は手に入れた食料を持って、二人の元へ戻る途中だと言う。
「……屍怪に遭遇したら危ないから、二人の元まで送っていくよ」
「一人で問題ないと思うけど。紳士なのね」
身の安全を考えての提案に、杉田さんは淡々と応えていた。
家族がいるならば、合流が優先されるのは当然。しかし今も屍怪に襲われたばかり、一人で向かわせるのは心配だった。




