第77話 暗号
終末の日と呼ばれる当日に、札幌へ向かうため立ち寄った岩見沢駅。レンガを主としガラス張り部分が目立つ、三階建てのデザイン的な建物。
近くのガードレールには、左右に首を振るカラスが三羽。商店街を前にした駅前通りには、腐敗した死体が数体。どこへ行っても生者の姿はまるでなく、静寂に包まれる街となっていた。
「今のはっ! まさかっ!!」
大半のシャッターが閉じたままある商店街に、見覚えのある紺色のスクールブレザーにチェックのスカート。探し人の特徴と酷似しては、見失わぬよう急ぎあとを追う。
「どこに行ったっ!?」
商店街の細い路地裏に、消えていった姿。置かれているのは居酒屋の看板と、積まれた酒瓶のケース。停められたままある自転車や、倒れた青いゴミ箱。
一瞬であるも間違いなく、見たことある学生服。路地裏で必死に探すも、中々にその姿は見つからない。
「……っく!」
ふと見つめた先の居酒屋で、暖簾が揺れている気がした。
もしかして、中に入ったのかっ!?
開かれたままある、居酒屋の扉。となれば何者かが入った可能性は、否定できないだろう。
暖簾をくぐり入店した先は、小ぢんまりとした居酒屋。カウンター席には椅子が五脚に、四人ほど座れるテーブルが三台。
誰も……いないな。
店内の全体に目を通すも、見覚えある姿は発見できない。
見失ったのか。それとも、見間違いだったか。
姿ないことから居酒屋を去り、再び表通りに出て探索へ戻る。
微かに感じた手掛かりも、手をすり抜け水泡へ。しかしだからと言って、諦めるわけにはいかなかった。
***
駅前通りと商店街を通り過ぎ、行き着いたのは民家が並ぶ住宅地区。
塀に付着しているのは、赤き血痕。道路の端には青いビニールシートが敷かれ、白い遺体カバーが幾つも置かれている。
「ワンッ! ワンッ!」
どこからか聞こえる、甲高い犬の鳴き声。先へ進むと黒いワゴン車の上に、屍怪に囲まれる白い大型犬の姿があった。
車の周りには、かなりの数。屍怪がいるな。
今のままじゃあ逃げるどころか、動くことさえ厳しそうだ。
白犬は周囲を見て困惑している様子も、幸いにも高さあり屍怪の手は届かない。助けるためには、二十を超える数を対処しなくてはならないだろう。
何か手を、考えたほうが良さそうだな。
時間的な猶予あると、状況的に判断。
屍怪の注意を引くには、大きな音や動作。近くにはホームセンターがあり、行けば利用に叶う物ある気がした。
……行くしかないな。
屍怪に囲まれ動けぬ白犬を助けるため、ホームセンターへ立ち寄ることを決めた。
植木鉢や肥料に自転車が並ぶ、ホームセンター外。店の自動ドアは停電下でも、入店可と開いたままである。
何か注意を引ける物。音を発せる物があれば。
使える物を探して店内を歩き、訪れたのは花火コーナー。多種の手持ち花火が入ったパックや、打ち上げ花火に線香花火。ロケット花火などバラエティに富んだ商品が、置かれていただろう場所。
花火なら使えたかもしれないけど。何一つとして、残されていないな。
しかし花火コーナー商品は、残念ながら全て欠品。置かれているのは、着火に必要なライターくらいの物である。
在庫が残されているとしたら、店の裏側だよな。
一縷の望みに賭けて店奥へと進み、訪れたのは社員室。顔を合わせるよう、並べられた二つの長机。机上にはお菓子に飲料と残され、椅子が六脚と休憩所も兼ねているようだ。
「これは……」
部屋の隅に置かれる、スチール性の事務用デスク。デスク上には店長が書いたと思われる、業務日誌が残されていた。
【アルバイトが勝手に、店の商品を使用した。どうやら爆竹は、屍怪の注意を引けるようだ。しかし店の貴重な商品を、勝手に使わせるわけにはいかない。店を愛す私にしか、わからない暗号。在庫分を含め、全て金庫に保管しておこう】
業務日誌には、爆竹の所在が記載されていた。
金庫は社員室の隅。収納棚の中に隠されており、ダイヤル式で堅固な物が置かれている。
やっぱり適当にやっても開かないな。
暗号か。何か手掛かりでもあれば良いけど。
心当たりないままチャレンジするも、当然のように解錠は叶わず。解錠方法を求めてデスク周りを探すと、デスク裏にテープで貼られる紙を発見した。
【家3E え。車2B ろ。自6D ろ。造1C え。ロ1 】
畳まれた紙を開くと、書かれていたのは理解不能な単語。業務日誌の内容からも、解錠に必要な暗号だろう。
店を愛す私にしか、わからない暗号。ってことは、店内に手掛かりがあるってことか。
店長の業務日誌から、手掛かりは店内にあるのだろう。
普通に考えても、解読は叶わず。店内の売り場へ戻り、手掛かりを探すことにした。