第69話 幌向地区
―*―*―美月視点 ―*―*―
大神製紙工場での激闘から、三日後。時には民家を借りて休憩を取り、遭遇した屍怪とは回避とやむなくは戦闘。ただひたすらに岩見沢を目指し続け、隣町となる幌向地区までたどり着いた。
幌向駅の駅舎は、小さな平屋。歩く駅前方面に民家は多々あるも、駅裏方面に見えるは田畑。町としての規模は、そこまで大きくない場所である。
「生存者には、一度も会いませんでしたね」
岩見沢を目指す道中の三日間。一度たりとも、生きた人と出会うことはなかった。
「きっとみんなどこかに避難したか、屍怪に見つからないよう隠れているんだろうな」
静まり返った町並みを前に、生存者の行く末を考察する蓮夜さん。
ゴーストタウンと化した、現在の幌向地区。しかしだからと言って、全員が亡くなったとは考えられない。
「私の自宅があるのは、この幌向地区で。少しだけでも良いので、寄らせてもらえないでしょうか?」
先んじて帰宅するというのは、他に比較して申し訳ないところ。
しかし、自宅の状況。家族の安否が、どうしても気になった。
「家族が心配なのは、みんな同じだしな。もちろん俺たちも付いて行くよ」
「先に家が立地していただけの話ですものね。逆の立場だったとしても、同じ話だったでしょ」
一片の迷いなく同行の意志を示す蓮夜さんに、置かれた立場を尊重して言うハルノさん。
「そうですね。では、お願いします!」
一人で行くのとは異なり、仲間がいるのは心強かった。
「美月ちゃんの次で良いから。オレの所も頼むよ。避難していないんだろうけど。やっぱり家の様子は気になるじゃん」
啓太さんの家があるのも、この幌向地区との話。
「もちろん問題ねーよ! てか当然だろ!」
蓮夜さんは笑顔を見せ、快く承諾していた。
順序としては自宅へ行き、次に啓太さんの家へ。そして岩見沢の市内へと進み、それぞれの居とする場所へ向かうことになった。
「最近は変化の少ない所も多かったけど。やっぱり場所によっては、酷い有り様だな」
そう言って蓮夜さんが向ける視線の先にあるは、黒く焼炭になった民家。
一体が大火事になったようで、数件に渡り家が消失。今は黒く焼け焦げた木材や、テレビや冷蔵庫などの電化製品。火災を上手く間逃れた犬のぬいぐるみは、汚れた様で横になっている。
「通りを右にです」
変わってしまった町並みを横に、【売り地】という看板を目印に告げる。
「大きな家があるのは知っていたけど。美月ちゃんの自宅だったとは知らなかったじゃん。ってことはやっぱり、美月ちゃんってお嬢様?」
「言われてみると、話し方や立ち振る舞い。全てにおいて、品があるよう思えるわね」
身長以上ある門扉を前に啓太さんは言い、言葉を受けてハルノさんも便乗した。
敷地は全て高い塀に囲われ、庭先には緑ある木々の姿。隣にはシャッターの閉じた車庫があり、多台数を収めるため長く横へ伸びている。
「別にお嬢様とかではないですよ! 父が議員なので、家は少し大きいかもしれませんけど。話し方などは、母が元教師で。人一倍に厳しく躾られただけです」
問われ実情を説明するも、誰も何も言わずに沈黙。
しかし全員の視線は、向けられたまま。心なしか、居心地が悪くなった気がする。
あれれー? 何か変なことを言ったかしら?
門前にあるインターホンを押し、帰宅の合図をするも反応はない。
「俺が内側に回ってみるよ」
「はい。お願いします」
承認すると蓮夜さんは門扉をよじ登り、内側から敷地内へ繋がる道を開放。
自宅まで真っ直ぐ伸びる、石畳の道。庭は日本庭園風で、整えられた木々に緑の芝生。他には小さな池があり、泳ぐ鯉の姿が確認できる。
「私たちは玄関で待っていたほうが良い? 家ってプライベートな空間だから、見られたくない場所もあるかと思って」
玄関前まで歩いて来た所で、ハルノさんは気遣い言った。
「大丈夫です。特に気にする場所もないので。一緒に来てもらえますか」
鞄から自宅の鍵を取り出し、鍵穴に差し込み開錠。
六人が全員で入ろうとも、余裕ある空間の玄関。壁の上半分は白を基調とし、下半分は黒色。右手には靴箱があり、左手には自身を映す鏡が。大理石が埋め込まれる床に、今は一足の靴も残されていない。
「お邪魔します」
全員がそれぞれに挨拶をして、自宅へ入って来る中。抑えきれなくなった感情は、堰が切れたように爆発した。
「お母さんっ!!」
慣れ親しみ見知った光景に、日常的にあった光景が回顧。リビングのソファでコーヒーを飲む母の姿に、書斎で本を読み仕事をする父の姿。今もそこに居るかもと考えては、皆の事を放ったまま一目散に廊下を駆ける。
広い空間のリビングには、L字型のソファにガラステーブル。全体的に窓は大きく、日差しもよく入っている。
……いない。もしかしたら二階の寝室か、お母さんの部屋に居るのかもっ!
「ちょっと! 美月! 待ちなさいよっ!」
制止するハルノさんを他所に、今度は階段を上がり二階へ。
しかしベッドが二台置かれる寝室にも、化粧道具が残る母の自室にも。誰の姿もありはしなかった。
「きっとみんな、無事に避難しているわよ」
あとを追ってきたハルノさんは、そっと肩に手を乗せて言う。
当たり前に居た人が、そこには居ない。今までになく感情的になっては、泣き崩れてしまいそうな状態であった。
「美月! テーブルの上に手紙があるぞ!」
一階にいる蓮夜さんから、急を告げる叫び。当初は母の姿を探し慌てていたため、注意が向かず見落としていたようだ。
一階へ戻ってくるとガラステーブルの上には、たしかに【美月へ】と書かれた手紙が残されていた。




