第68話 忍び寄る黒い巨影10
二人が作ってくれた時により、幾分ダメージも回復できた。
弾き飛ばされたことにより、壁を背負う形となったブラッドベアー。屍怪の血により赤く染まっていた毛皮は、斬撃による出血でより鮮明に。息づかいも荒々しくなっては、ダメージの蓄積を感じられた。
「蓮夜! 動かないでっ!!」
ハルノの叫びとともに、飛翔する一本の矢。未だ体勢を整えられずいる、ブラッドベアーの方へ向かっていく。
「ガアウウッンッ!!」
ブラッドベアーは今までになく、弱々しい叫びを発した。
ハルノが放った矢は、ブラッドベアーの右目に直撃。目を潰されたとなれば動作も大きく、あからさまにダメージは見てとれた。
「どんな頑丈なものにも、脆く弱点となる場所はある。そこを狙えば、効果的ってやつだ」
光の中で大きな人物の背が映り、振り返ることなく告げた。
頭の中で一瞬。フラッシュバックした出来事。それでもその声は、どこかで聞いたことある気がした。
「弱点となる場所! 狙うべきは屍怪と同じく、頭なんだっ!!」
助言を素直に受け取り、狙うべき場所を悟る。
腕を大きく振り回し、威嚇を続けるブラッドベアー。しかし今までと比較し、攻撃にキレはない。
「今この時のチャンス! 逃さない手はねぇ!!」
ブラッドベアーの頭部に狙いを定め、好機と判断しては前へ出る。
「うおおおおおお――――ッ!!」
二足で立つブラッドベアー。意を決して懐へ潜り込み、渾身の一撃を顎下へ突き刺す。
幾度となく刃を阻んだ毛皮を裂き、鋭い牙が生え揃う口内。嗅覚の要となる鼻腔を破り、急所となる脳を破壊すべく一直線に。
「グルルゥ…………」
呻き声を漏らすブラッドベアーは、ギョロっと目玉を動かし視線を向けた。
しかしそれは、最後となる睨み。呻き声は断末魔となり、ブラッドベアーは交差するよう崩れていく。地を舐めるよう顔を下に倒れると、巨体は完全に動かなくなった。
「……終わった。……んだよな」
目前に倒れるブラッドベアーを見ても、まだ現実の事か理解できない。
限界まで振り絞った、気力と体力。精魂を使い果たしては疲労感が襲い、今にも倒れてしまいそうな状態だった。
もしかしたらまた、動き出すんじゃないか?
疑心暗鬼のままブラッドベアーを見続け、どのくらいの時間が経過した頃か。
「蓮夜さん――!!」
一部始終の決着を見届け、美月が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!? 本当に凄かったです!」
「本当に! やるじゃない! 蓮夜!」
身を案じつつ讃える美月に、ハルノも笑顔で賞賛していた。
執拗に背後を追い、襲ってきたブラッドベアー。頭部を破壊したことにより、完全に息の根を止めたのだ。
どうやら本当に、終わったらしいな。
興奮が冷めやまぬ美月とハルノに、笑顔で駆け寄ってくる彩加と葛西さん。凶悪なる追跡者を退けたことにより、みなが喜び歓喜の渦に包まれている。
「啓太は……?」
弛緩した空気が漂う中で、気にしていたこと。
ブラッドベアーに狙われた自身を助けるため、気を引こうとし襲われた啓太。無事であるはずがないと理解しているも、最初に出た言葉だった。
「行って見てみましょう」
ハルノの発言を皮切りにみなの笑顔は消え、惨劇の現場となった倉庫前へ向かう。
先行して歩いていく、彩加と葛西さんに美月。ダメージと疲労感から、言うことを聞かない体。フラフラとした足取りになっては、ハルノに支えて貰わねば動けぬ状態だった。
みんな倉庫前で、押し黙っていやがる。
相当に惨たらしい状態なのか。啓太。なんで、俺なんかのために。
最後尾で到着した現場に、啓太の姿はなかった。
あるのは、倒れた一輪車が一台だけ。
「あー! えらい酷い目にあったじゃん!!」
倒れた一輪車がひっくり返ると、中から啓太が姿を現した。
「……啓太。……どうして?」
「ブラッドベアーに襲われたとき。たまたま一輪車を倒しちまったじゃん。それが上手く覆い被さる形になって、身を守ることができたんだよ」
啓太が隠れていた一輪車は作業用で、底がとても深く作られているもの。
素材は鉄。底部分にはブラッドベアーの爪痕が残るも、内側まで爪は通らなかったようだ。
「さすがにダメかって思ったけど。これってやっぱり、日頃の行いの良さ! その賜物じゃね!? きっと運も良いほうじゃん! これからはオレのことを、不死身の啓太と呼んでくれてもいいぜ!」
九死に一生を得て啓太は、テンション高く有頂天になっていた。
「でも、少しだけ残念よね。うるさいのがいなくなると思ったのに」
「なんだよっ!? それはさすがに言い過ぎじゃね!? みんなもそう思うだろ!?」
水を差すよう言うハルノに、啓太は憤慨し同意を求めていた。
大神製紙工場の敷地を去り、岩見沢を目指す一行。ブラッドベアーという強敵を倒し、一段と増した結束力や自信。心なしか全員の足取りは、軽くなったよう感じられた。




