第66話 忍び寄る黒い巨影8
「蓮夜さん! こっちです!!」
頭上にある足場から、名前を呼び叫ぶ声。
足場にいたのは、刺股を持つ美月。隣にはハルノに、彩加に葛西さん。全員が合流したようで、勢揃いの状態だった。
良かったぜ。みんな合流できたんだな。……って、そんな場合じゃねぇ!
「掴まってください!」
ブラッドベアーが背後から迫る中で、美月は足場から刺股を差し伸べた。どうやら引き上げようとしているようで、意図を汲み取り手で掴む。
しかし引き上げようにも、女性の力。男である自身を引き上げるに力は足りず、美月は足場の柵に体を押しつけていた。
「手伝うわ! 彩加ちゃんたちもお願い!」
一人の力で無理となれば、号令を発して助力に回るハルノ。彩加と葛西さんも加わり、体は徐々に宙へ浮いていく。
差し伸べられたのは、刺股の持ち手となる部分。先端は丸みあるY字で、四人ともに掴む所がある。全員がそれぞれに、力を発揮できたことが幸いしたようだ。
このまま引き上げてくれれば、なんとか……。
「蓮夜! 下!」
刺股を引き上げつつも、ハルノは真下を見て叫んだ。
宙に浮き始めた体の下。そこには四つん這いで頭上を見上げる、ブラッドベアーの姿があった。
「……マジかよ」
四つん這いでは届かないと悟り、二足で立ち上がり始めるブラッドベアー。
真下にいるのは、凶暴な捕食者。鋭い爪が靴底に触れると、反動で全身はユラユラと揺れてしまう。
今の状況で抵抗するのは、上にいるみんなの負担になるだけだ。
俺は指を咥えて、見ているしかないのかよ。
「カタンッ!」
何もできない状況に歯痒さを覚えていると、ブラッドベアーの背に石がぶつかり床に転がった。
「おいっ! こっちだ! このノロマ野郎! 悔しかったら捕まえてみやがれっ!!」
石を投げていたのは、倉庫の前方にいる啓太。上手く隠れてやり過ごしていたようだが、窮地と知っては顔を出して気を引くつもりらしい。
「オラッ! オラッ! オラッ! オラッ!」
床にある石を拾い、連続して投げつける啓太。ブラッドベアーの背や肩に。腕に足にと連続し、場所を問わず命中していく。
しかし赤黒く染まった柔毛な毛皮に、その身を守られるブラッドベアー。どこに石が命中しても、気にしている素振りはなかった。
「ガンッ!」
そんな中でも遂に。啓太の投げた石は、ブラッドベアーの頭に命中した。
全く気にしている素振りなかった、凶暴性を滲ますブラッドベアー。首をブルブルと振るわせ、今までと異なる反応を示す。
「啓太! そっちに向いたぞっ!」
石を拾い集める啓太に警告するも、反応したときには手遅れだった。
「グルオオオオ!!」
もの凄い勢いで倉庫手前へ向かう、四肢を躍動させるブラッドベアー。啓太の元へたどり着くと、二足で立ち上がり仁王立ち。
啓太は圧倒的な存在感と威圧感に、足がすくみ動けないようだった。
「啓太! 逃げろっ!!」
必死の叫びも虚しく。腰が引けたまま後退する啓太は、置かれる一輪車にぶつかり転倒。
「うぉわああああ――――ッ!!」
ブラッドベアーは啓太に襲いかかり、背によって姿は見えなくなってしまった。
啓太は俺を助けようとして、殺された。
啓太がいた場所では今も、ブラッドベアーが何かを漁る仕草を見せている。
ブラッドベアーは間違いなく、逃げても背後を追ってくる。誰かが襲われ犠牲になるのは、もう絶対に嫌だった。
ブラッドベアーは、ここで倒すしかねぇ!!
掴まっていた刺股から手を離すと、地に足を下ろして戦う覚悟を固めた。




