第52話 曖昧な記憶
窓枠に残されたガラス片を排除し、内側の鍵を開けて民家内へ。
入った場所は、風呂場。白い空間には、シャワーやバスチェア。石鹸にシャンプーと、ボディケア用品が置かれている。
他人の家とはいえ、土足で上がるのは……忍びないな。
今の時点でアウトな行動だが、一つ良心が働いた。
家の中を汚さぬよう、靴を脱いで移動。リビングを通り過ぎて、皆が待つ玄関へ向かう。
「どひやぁーっ!! まぁた雨が強くなってきたじゃん! これは避難しにきて、正解だったんじゃね!!」
扉の鍵を開けると同時に、玄関に入ってくる啓太。
「そうですね。外で雨宿りをしていても、雨は止みそうにありませんし。悲惨だったかもしれません」
続き入ってくる美月も、全身が濡れた状態。
「最悪だよっ! 服もビショビショだしっ!」
「仕方ないよ。天気のことなんて、誰もわからないもん」
濡れたジャージに不快感を示す彩加を、葛西さんは水を払い宥めていた。
「それより、どう? 家の中は問題ない?」
最後に入ってきたハルノは、何より家中の心配をしている様子。
「風呂場とリビングは問題ない。でも軽く見ただけだし。ちゃんと全体を見て、安全を確認したほうが良いかもな」
息つく暇もなく、家中の見回り。一階と二階に分け、調べることにした。
「ランドセルもありますし。ここは子ども部屋のようですね」
ともに二階を調べにきた美月は、部屋の状況から子ども部屋と推察している。
部屋に置かれるは、二段ベッド。窓際には小さな机が二台と、本棚には漫画本や参考書が置かれている。
「ぽっいな。二階にあるのは、あと二部屋だし。確認して、みんなと合流しようぜ」
左側に位置する子ども部屋に続き、中央にあったのは書斎。レトロな感じがする机と椅子に、本棚には多くの本が収納されている。
そして右側にあったのは、ベッドが二台並ぶ寝室。日当たりが良さそうな窓に、室内は綺麗に整頓されていた。
「とりあえず、濡れた服をなんとかしたいわね」
ハルノが不快感を露わにするのも、当然。ここにいる全員、服はかなり濡れた状態である。
「二階に上がって、服を乾かすか。休憩もしたいところだしな」
一階で過ごしても良いが、念には念を。昨日と同様に二階へ行き、部屋で休むことに決まった。
***
「やべぇ! 超ずぶ濡れじゃん! この服はお気に入りなんだよっ! 早く乾かさねぇと、シワになっちゃうじゃん!」
濡れたアロハシャツを脱ぎ、窓際に干しかける啓太。
二階へ上がるなり、男性陣は子ども部屋に。女性陣は寝室へ行き、休憩をすることになった。
「今更だけど、服のセンス。かなり個性的だよな」
「そうか? 別に普通じゃね?」
啓太がアロハシャツの下に着ていたのは、野菜で人の顔が作られた白地のシャツ。これまたどこで売っているかもわからない、個性的な代物である。
「俺は少なくとも、そこまで派手なのは着ないかな」
服のセンスという面では、全く共感できなかった。
「蓮夜は無難な色と柄を、選びすぎなんだよ。オシャレって言われる芸能人や、有名なファションデザイナー。みんな人とは違う服を、最先端に着こなしているじゃん」
啓太の言う通り。オシャレと呼ばれる人たちには、一線を画した組合せをする者も多い。
しかしだからと言って、自身の理解が及ぶところではなかった。
「っつーか、蓮夜。野口さんが中華包丁を振り上げたとき。よく動けたよな? 怖いとか思わなかったのかよ?」
啓太が話題を変え問うのは、野口さん宅での一件。
「必死だったからな。考えるより前に、動いていたって感じだよ」
凶行に走る野口さんを放置しては、危険が及ぶのは明白。身を挺し止める以外に、方法はなかっただろう。
「にしても、あっと言う間に締め上げたじゃん。もしかして、どこかで習ったりしてたのか?」
手際の良い腕の締め上げだと、啓太はとても感心していた。
「いや、特に何もしていないと思うけどな。多分」
「まあ、それもそうか。そもそもどんな機会あれば、習うんだって話だよなっ!?」
教わる機会など普通ないと、啓太は一人で納得していた。
何もしていないとは思う。……記憶の限りでは。
自信を持って言い切れないのは、記憶障害を起こしている部分があったからだ。北海道に引っ越してくる前。東京に住んでいたとき、事故で怪我をして負った後遺症。症状は人の名前と顔が一致せず、関係性すら思い出せないというもの。
他にも物や事象などと範囲は多岐に渡り、当時は日常生活ですらまともに過ごせない日々が続いた。それでも当人に会ったり、写真を見て話しを聞く。様々なことをキッカケにパズルのピースは埋まり、完全でなくとも記憶は回復しつつある。
「なあ。向こうの部屋。少しうるさくね?」
寝室から漏れてくる女性陣の声に、啓太は苦言を呈している。
「えー。そんなことないよっ!」
「いやだぁ!」
たしかに扉を閉めた子ども部屋にも、女性陣の騒ぐ声は届いている。
「……少しうるさいかもな」
音を響かせる行為は、屍怪を呼び寄せる事態に直結。今はある程度の自制心を持ち、行動しないとダメだろう。
「このまま騒いでいたら良くないじゃん。蓮夜。ちょっと注意してきてくれよ」
啓太に促されては、やむなく。女性陣のいる、寝室へ向かうことにする。




