第48話 死の解釈
―*―*― 蓮夜視点 ―*―*―
「どうしたっ!? 何かあったのかっ!?」
急ぎ一階まで戻ってくると、リビングには野口さんが立っていた。
「君たち。戻ってくるのが速いなぁ」
野口さんの手には、中華包丁が握られている。
「蓮夜! 気をつけてっ! その人! おかしいわよっ!!」
仏間の方から聞こえる、切羽詰まった様子のハルノの声。
どうにも中華包丁は、ハルノたちに向けられているようだった。
「どうしたんだよっ!? 野口さ――――」
「はあぁあああっ!!」
事情を問おうとしたところで、振り上げられる右腕。野口さんはこちらに向け、中華包丁を振り下ろしてきたのだ。
「マジかよっ!? 避けろっ! 啓太!」
「嘘じゃん!!」
呼応した啓太とともに、寸前のところで回避。中華包丁は家の壁に、ザクっと突き刺さった。
「おいおい! 冗談じゃあ済まねぇぞ! これ!?」
壁に突き刺さった中華包丁を見て、啓太は声を荒らげている。
今まで温厚であった野口さんの、突然の凶行。今しがた一階へ下りてきた身としては、全く状況が飲み込めなかった。
「どうなってるんだよ!? 何か野口さんを、怒らせるようなことでもしたのか!?」
野口さんの攻撃を回避したことにより、仏間にいる女性陣と合流。
「壁を叩いた呼びかけがあったから、和室を覗いて見ただけよっ!」
ハルノは端的に経緯を説明するも、動機になるとは思えない話。
野口さんは『和室に近づかないで』と、初めから言っていた。しかし言いつけを破ったからといって、中華包丁を振り下ろす。ここまでの凶行に及ぶ、必要性はないだろう。
「それより蓮夜! すぐに和室を見てみなさいっ!」
息をつく暇もなく、ハルノの強い要請。今の野口さんから目を離すのは、怖いところ。
しかし何を置いても和室には、確認しなくてはならないこと。見なければならない、事実があるようだ。
「……なんだよ。……これ」
襖が開かれた和室には、二体の屍怪がいた。一体は大人の女性で、もう一方は小さな男の子。
屍怪はともに首輪が付けられ、鎖は家の柱に繋がれている。そして畳の上に転がる死体を、必死に貪り続けていた。
「野口さん!? なんで家の中に、屍怪がいるんだよっ!?」
家の中に屍怪を留めるとは、理解不能な行動。鎖を付けて飼うなど、狂気の沙汰である。
「なんでだってっ!? そんなの、決まっているじゃないかっ!?」
壁に突き刺さった中華包丁を抜き、顔を歪める野口さん。
「紹介するよっ!! 妻と息子だっ!!」
野口さんが中華包丁を向ける先には、二体の屍怪。
和室にいる大人の女性と、小さな男の子。二体の屍怪は、野口さんの妻と息子。その二人だったのだ。
「おいおい。妻と息子って、屍怪じゃん。……野口さん。イカれちまってるのかよ」
啓太は野口さんの発言に、耳を疑っている。元は家族であったとしても、今は屍怪。
屍怪を家族として扱うのは、無理ある話だった。
野口さんは二人が屍怪と化したことを、受け入れられてないのか。
「二人が野口さんの家族だとして! なんで俺たちを襲うんだよっ!? 俺たちは二人に何もしてないし! 襲う必要なんてないだろっ!?」
屍怪を家族として扱っていても、こちらは危害を加えていない。野口さんに襲われる理由など、何一つなかった。
「必要? あるに、決まっているじゃないか。……妻と息子のために」
妻と息子のため? どういう意味だ?
「妻と息子はね。君たちを食べたいんだよっ!! ほらっ! それを証拠にっ! 今も君らを欲しがって、手を伸ばしているじゃないかっ!!」
顔を歪ませ野口さんが指差すのは、妻と息子とされる二体の屍怪。
「あんたねぇ! 二人がまだ生きているって、本当に思っているわけっ!?」
二体の屍怪を目前に、強く訴えるハルノ。屍怪が普通の人間と異なるのは、今や疑うことなき事実である。
「生きているに決まっているじゃないかっ!? 死んだ人間は、動くことができないんだよ? そのくらい、君たちも知っているだろ?」
しかし野口さんは、信じる理屈を曲げなかった。
「死んだ人間は動かない。こんなの常識さっ!! だから動いているってことは、生きているんだ。そうじゃないと、ボクは…………」
自身を納得させるよう言い聞かし、顔を歪ませ俯く野口さん。
「なんのために餌を与え続けたか!! わからないじゃないかっ!!」
次に顔を上げて野口さんが放った言葉は、予想もしない意味を含むものだった。