第44話 柵の悲鳴
「やっぱり場所によっては、酷い状況ですね」
後ろに座る美月は、物悲しい声で呟いた。
流れる景色に映るのは、火災で黒炭となった住宅。燃えたのは一軒というレベルでなく、数十軒単位で焼き尽くされている。
「火事のせいで、家は燃えたんだろうけど。発端は多分、初日なんだろうな」
事の始まりと思われる、初日。札幌駅の上空で見た、謎の飛翔体。あの日までは、平穏な日常を生きていた。
「蓮夜さん。前」
前方の異変に気づき、注意を促す美月。
進行方向にある、交差点。市外となる横へ向き、多くの車が止まっている。
「かなりの渋滞ね」
「どんだけ急いでたんだよ。通れる隙間もないじゃん」
長く続く渋滞を見てハルノは言い、啓太は進めず自転車を止めた。
「自転車に乗ったままだと、進めそうにないな。迂回するか、通れそうな場所を探そうぜ」
車間距離が詰まっていては、自転車で抜けることできず。そのため広く進めそうな場所を、探す他なかった。
「ねぇ。あそこに誰かいるよ」
周囲を歩き始め間もなく、彩加は何者かを発見したようで告げた。
止められた車の影から姿を現したのは、全身に酷い火傷を負った屍怪。皮膚の大半が溶けているようで、人であった頃の形を保てていない。
「屍怪だっ!! 戻れ!!」
迫る屍怪の存在を認知し、即座に撤退警報を発令。
「無理だ。こりゃあ、戻れねぇよ」
畏怖した様子で、足を止める啓太。後方からも新手として、多くの屍怪が出現したのだ。
クッ。挟まれたのかよ。
自転車に乗って、快調に飛ばしてきたこと。それが奇しくも、仇となっていた。
スピードを出している状態ならば、屍怪に気づかれようとも問題はない。迫った頃にはすでに、離れた場所にいる。
しかし動きを止めれば、距離は縮まる。今この時のように、窮地に追い込まれてしまうのだ。
「どうしよう!? 挟まれちゃったよ!?」
車の影から現れる屍怪も増え、彩加は前後を見て慌てている。
どうする!? 強行突破か! 撤退か!
前後にいる屍怪の数は、把握できないほど多い。となれば強行突破は、現実的でなかった。
「みんな! 逃げるぞっ!!」
逃げる先は、道沿いに建つ民家。背の高いコンクリート塀に囲われ、柵で閉ざせる場所。
「かなりの数ね。これはどうしようもないわ」
柵を閉じた民家の敷地内から、迫る屍怪を見てハルノは言った。
「柵を閉めたから、簡単には入って来られないだろ。それよりこれから先を、どうするか考えねぇと」
屍怪は柵の隙間から手を伸ばすも、リーチが足りず届きはしない。
無骨に彷徨う、汚れた手。安全地帯と認識するに、十分な距離だった。
「ギィ……。ギィ……」
一安心できるかと思ったところで、響き始めたのは柵の悲鳴。後方の屍怪が前方を押し出し、かなりの圧がかかっているようだ。
「おいおい! ヤバいんじゃね!? これっ!?」
暗雲が立ち込める状況となり、啓太は不安を露わにしている。
心なしか、歪んで見える柵。負荷が耐えられる限界を超えれば、瓦解するのも時間の問題であろう。
「早くここを離れたほうが良さそうだな。裏に回って、敷地外へ出よう!」
仮にも柵が破壊されたなら、家に逃げ込むことは無意味。扉や窓を破壊され、すぐに侵入を許してしまうだろう。
今の窮地を脱するには、遠くへ離れる。敷地外へ逃れるしか、方法はなかった。
「美月! 引き上げるから、手を伸ばせっ!」
コンクリート塀をよじ登り、最後となる美月へ手を伸ばす。
「ガシァンッ!!」
響く金属がぶつかる音。おそらく、柵が破壊されてしまったのだろう。
ほどなく、迫る屍怪を視認。美月を引き上げる途中も、タイミングとしてはこちらが上。手が届く寸前にコンクリート塀を越え、後ろの敷地へと逃れた。




