第41話 寝坊の代償
「お兄ちゃん! 起きて! もう朝だよっ!」
体を左右に揺すり、起床を促す彩加。
「……疲れてるんだ。もう少しで良いから、寝かせてくれよ」
体を包むよう柔らかいベッドと、全身を覆う温かい布団。起床を促されたからといって、簡単に起きる気にはなれなかった。
長い夢を見ていた気がするぜ。
屍怪と化した人に襲われ、街中を必死に。逃げ惑う夢を。
「蓮夜さん! 起きてください! 朝食の準備は、もう出来ていますよ!」
再び体を揺らし起床を促す声は、美しくどこか品位を感じるもの。
開かれるカーテン。部屋中に注がれる、太陽の日差し。薄目を開いて見る窓際には、一人の人物が立っていた。
「……眩しい」
寝起きの状態では、日差しも刺激が強い。さらに顔面へ直撃となれば、かなりの不快感。手で覆って遮るも、我慢はできず。意に沿わぬも、起床する他なかった。
「やっと起きましたか。聞いてはいましたけど。本当に寝起きが悪いんですね」
ベッドに座ったところで、窓際に立っていたのは美月。
屍怪に襲われたことも、夢にあらず。シェルターで過ごした二週間から、同心北高校へ行ったことまで全て。紛れもない現実であった。
「ああ。朝は少し……苦手なんだ」
「少しですか。彩加ちゃんが言ってましたよ。蓮夜さんの寝起きの悪さは、筋金入りだって」
寝起きで頭が働かぬところに、美月は苦笑いをして核心をついた。彩加が教えた情報とあって、反論の余地なき事実である。
寝起きの悪さについては、自他ともに認めるところ。目覚まし時計から、直接の声かけ。体を揺すり顔に落書きをされようとも、起床に至らないレベルである。
「彩加ちゃんに頼まれたんです。代わりに起こしてきてって。みなさんも待たれていると思うので。下へ行きましょうか」
美月の話し通りなら、全員すでに起床している。
起床した順は、おそらく最後。となれば今より待たせるのは、さすがに気が引ける。部屋を出ては階段を下りて、一階へ向かうことにした。
***
現在地は同心北高校から離れた、住宅街にある二階建ての民家。昨日の脱出後は、すでに夕刻。夜も迫り疲労もあって、早めの休憩を取ることにした。
しかし助けを求め民家を訪ねるも、全てで反応なく留守。何軒も回っては、やむなく手を扉に。すると、無施錠の家を発見。無断であるが仕方なく、避難させてもらった次第だ。
とりあえずだけど。無事に朝を迎えられて、良かったぜ。
民家に避難してからは、何を置いても安全確認。数ある部屋の全てを回り、窓と扉を施錠。最後に階段を、ソファで塞いで封鎖。
男女別々の部屋に別れ、一夜を明かすことにした。
「断トツのビリじゃん。蓮夜。起きるの遅すぎじゃね?」
キッチン前にあるテーブルに座り、声をかけてきたのは啓太。
「本当。朝に弱いよね。何回も声をかけたのに」
隣に座って首を振る彩加は、完全に呆れている様子だった。
「……悪かったな」
「やっと蓮夜も起きたのね。先に顔を洗ってきなさいよ。すぐに朝食を運ぶから」
キッチンから呼びかけてきたのは、朝食の準備をするハルノ。
起床後には、顔を洗う。ルーティンである行動を促されては、ひとまず洗面所へ向かうことにする。
眠気が残っていたけど。顔を洗うと、サッパリしたな。
鏡に映る、自分自身。他者からは童顔であると言われる顔立ちに、跳ねたままあるトップのアンテナ髪。
基本的にいつもと変わらずも、ここ二週間の苦労もあってか。少しだけ、痩せた気がする。
「朝食はパスタか。ハルノが作ったのかよ?」
「私と真弥ちゃんで作ったの。それなりに大変だったんだから」
キッチンに戻って椅子に着席すると、ハルノが運んできたのはパスタ。
テーブルに置かれたのは、トマトソースのパスタ。出来立てとなっては湯気が立つ麺に、トマトの甘味と酸味ある匂いが漂ってくる。
「よくパスタなんて作れたよな」
食材の調達はもとより、現在の民家も停電している。湯を沸かすにも、調理をするにも。大きく制限があった。
「お湯はガスコンロで沸かしたの。棚には即席の乾麺と、レトルトソースがあったから」
ハルノが説明する通り台所には、空となった乾麺の袋が置かれている。
「勝手に食べてしまうのは、家の人に悪いと思ったけど。緊急時だし。仕方ないわよ。申し訳ないけど、頂きましょう」
ハルノはパスタに手を伸ばし、全員も続き朝食を食べ始める。
葛西さんはまだ、元気がなさそうだな。
彩加の同級生である葛西真弥は、同じ岩見沢出身の女の子。付き合いは小学校から現在までと長いらしく、部活も一緒と二人の仲は良いようだ。
しかし南郷さんを失った一件から、葛西さんの口数は少なくなってしまった。どうにもショックが大きかったようで、強く影響を受けてしまったようだ。
元気づける言葉も、簡単には浮かばないし。支えには、彩加が付いている。
今は下手なことを言うより、時間が解決してくれるのを待ったほうが良さそうだ。
「そうそう。食事が終わったら、蓮夜もお風呂に入ってきなさいよ。服はどうしようもないけど。体も汚れているでしょ」
食事を途中にして、入浴するようハルノの促し。
シェルターを出てから二日。屍怪と対峙するようになってから、入浴の機会は一度もなかった。
「そうだな。それなりに汗もかいたし。だいぶ汚れているか。ん? っつーか、もってことは。みんな入浴を終えているのか?」
全身の汚れが気になりつつも、発言に引っかかりを覚えた。
「お先にお風呂。いただきました」
どこか申し訳なさそうに、笑顔を見せる隣の美月。全員の顔を見渡し、自ずと現状は理解できた。
言われてみればどことなく、シャンプーのいい匂いがする。
他のみんなも、入浴は終えているか。
「お風呂は蓮夜で最後よ。と言っても、シャワーのみだけど。起きるのが遅かったから、最後でも仕方ないわよね」
パスタを食べ進めつつ、淡々と言うハルノ。寝坊を追求されたとなれば、啓太と彩加のコンビは笑いを堪えているようだった。
起きるのが遅かっただけで、こんな扱いを受けるのかよ。
最後なのは別に良いけど。そろそろ勘弁して欲しいぜ。




