第37話 思いがけない遭遇
血溜まりを避けて階段を上り、二階と三階の折り返し地点。前後を反転する場所となり、完全に不意をつかれる展開だった。
「なっ……!」
出会い頭に現れたのは、白いシャツを着たモジャモジャ頭の男。
瞬きする間もなく、振り上げられる木の棒。それは明らかに、敵意の表れだった。
「ちょっ、ちょっと待ったぁ!!」
両手を前に出し、咄嗟に出た一言。相手が屍怪となれば、当然に無意味であっただろう。
しかし制止を求める声に、動きを止めるモジャモジャ頭の男。どうやらこちらの言葉は、相手に届いたようだ。
「……お兄ちゃん?」
男の背後から響く、聞き知った声。白ベースに、赤いラインが入ったジャージ。
茶色味あるセミショートの髪に、黄色のカチューシャ。そこにいたのは、探していた人物。彩加その人であった。
「彩加! 良かったぜ! 無事だったんだなっ!」
思いがけない遭遇に、心の底から歓喜。無事でいたことから、安堵の感情も溢れてくる。
「本当に……大変だったよ」
ゆっくりと歩み寄り、抱きついてくる彩加。二週間前に見たときより、ジャージは汚れて力も弱々しい。
きっとこの二週間。こちらとはまた違う、苦労をしたのだろう。
「今のこの状況。どうなってるの?」
抱きついたまま彩加は、顔を上に向けて問うた。
質問するということは、事態の詳細は掴めていない。状況の把握という点では、大差はないか。少し劣っているようだ。
「詳しいことは、俺たちもわからないけど。でも、良かったぜ。とりあえずは、怪我もないみたいだな」
体を離して、全身を確認。全体的に汚れは目立つものの、彩加に怪我などは一切なかった。
「真弥ちゃんやみんなと、避難していたんだよ」
彩加が語る真弥ちゃんとは、同級生である葛西真弥。
彩加と同じジャージを着用し、灰色味あるボブヘアーの女の子。星形の髪留めが特徴的な、合流した三人の一人である。
「君たちは……?」
問いかけてきたのは、モジャモジャ頭の男性。急展開となった状況を、理解できずにいるようだ。
「俺は一ノ瀬蓮夜って言います。彩加の家族で、後ろにいるのは友人たちです」
「良かった。まともな人間のようだね。私は南郷剛。この学校で教師をやっている者だ」
自己紹介と会話の成立を経て、南郷さんの警戒は解かれた様子。
今日までの二週間。南郷さんが率先して彩加たちを守り、無事に生き抜いてきたらしい。
「……って。落ち着いてる場合じゃないじゃん。早く移動したほうが良いんじゃね?」
階段途中の立ち話となっては、移動を優先すべきと啓太。
「そうだな。ここは安心できる場所じゃないし。別の場所へ移動しましょう!」
話したいことは多々あるも、階段という場ではそぐわない。今は一刻も早く、安全な場所へ移動をすべきだろう。
「上の階はダメだ。その……狂人がいる」
そこで南郷さんが口にしたのは、狂人という不可解な存在。
「狂人?」
「ああ。見た目は人と大差ないのだが。様子のおかしい者がいるんだ」
南郷さんの言う狂人は、屍怪の特徴と一致する。
南郷さんたちは屍怪を知らず、狂人と呼んでいたようだ。
「多分その狂人ってのは、屍怪と呼ばれる奴らです。屍怪が上にいるなら、下に戻って外へ出ましょう!」
屍怪が上にいるとなれば、進める先は下のみ。逃げる方向について、論ずる必要はなかった。
「……まずいぞ。蓮夜」
先頭を切って階段を下りていた啓太は、足を止めて震える声を発した。
階段下には、先ほどまでなかった存在。醜悪な身形の屍怪がいて、階段を上っていたからだ。
「くっ。マジかよ。これじゃあ下へ逃げることも無理だっ! 別の道を探さねぇと!!」
階段を途中にして、逃げ場を一つ失う。
「ドタッ! ドタッ!!」
そこで後方から響いてきたのは、何かが転げ落ちる音。見ると二階と三階の中間地点には、倒れる屍怪の姿。
屍怪は足を踏み外し、階段を転げ落ちたのだ。
「上にも下にも屍怪かよっ! ならもう行ける先は、この二階しかないっ!」
進める先が一方向しかないとなれば、迷い選択の余地もない。再び啓太は先頭に出て、全員が二階へ駆けていく。
「それにしても、これは一体どういう状況なんだ?」
最後尾で屍怪を警戒しつつ走っていると、後ろへ下がってきて南郷さんは問うた。
「俺も詳しくは、わからないですけど。奴らは屍怪と呼ばれ、人を襲うようです」
「……狂人。いや、屍怪と呼ぶのか」
屍怪という言葉を、飲み込むよう頷く南郷さん。
南郷さんたちの経緯は、当然に知らない。それでも一日前に外へ出た自身より、持つ情報は少ないようだ。
「俺たちも外に出てから、知った話ですけど。屍怪に噛まれた人は、同様の存在になるらしいです」
「やはり、そうか。その……治療法とかはないの?」
答える南郷さんにも、心当たりはあった様子。そして再びの質問は、同様に欲する情報だった。
「それが、あれば良いんですけど。今のところ、わかってなくて。噛まれた人が屍怪になるのは、避けられないみたいです」
「……やっぱり。そうなんだよね」
今までになく深刻そうな表情を見せ、暗い声で呟く南郷さん。落ち込む中でも揺るがぬ素振りは、先の展開を暗示しているようだった。




