第358話 クロスプリズン20
「ハルノは援護をしてくれっ!! 俺も、王変の兄貴を一人で行かすわけには行かないっ!!」
銃声がまだ各所で響く中、声を張り上げて叫んだ。
弾薬が尽きかけていても、黒夜刀があれば戦える。命を懸けてでも、あの人を一人にするわけにはいかない。
「了解っ!! 援護は任せてっ!!」
ハルノの鋭い声が背後から飛び、すぐに短い連射音が続く。その合間を縫うように、王変の兄貴のもとへと走った。
「歩けるか?」
「所長。すみません。大丈夫です」
現場にたどり着いた王変の兄貴は、倒れていた職員の腕を掴み引き上げた。
片方の職員はふらつきながらも立ち上がる。しかしもう一人は、ぐったりとしたまま動かない。頭を打ったのか、瞳の焦点が定まらないままだ。
「おいっ……!! しっかりしろっ!!」
王変の兄貴は歯を食いしばり、片腕を背に回して抱え上げる。
この状況でなお、誰一人として見捨てない。その背中に、ただ息を呑むしかなかった。
……屍怪が集まってきている。
王変の兄貴は負傷者を支えて動けねぇし、このままじゃあ本格的に囲まれる。
「一刀理心流――蛟龍連撃っ!!」
喉の奥で息を噛み、黒夜刀を上下に振るう。鋭い弧を描く軌道が屍怪を断ち、飛び散る黒い血が床を濡らす。
刀を振り抜くたび、手のひらが震える。だが止まれない。今できるのは、王変の兄貴たちを守ることだけだ。
「うぉおおお!!」
「このぉ!! 屍どもが!!」
続く職員二人も、それぞれの限界を超えて銃を撃ち続ける。銃声と咆哮が交錯する中で息を合わせ、撤退までの時間を必死に稼いだ。
「弾が……!!」
「ヤバい!! 保たないぞっ!!」
しかし職員たちに、焦燥の声があがる。弾倉を叩いても、空虚な音しか返ってこない。銃火器の弾薬が尽きた――それはすなわち、目前に死が迫ったことを意味する。
迫る屍怪の圧力が一気に増し、前線が崩れかける。鉄臭い空気が肺を満たし、手の感覚が遠のいていく。このままではもう、押し潰されてしまいそうだ。
「……蓮夜。頼む」
短くそれでも確かな声で、王変の兄貴が言った。
変わって職員の肩を支え、ただ息を呑んで見守る。言葉に応えたとの同時に、王変の兄貴はゆっくりと歩き出していく。
「殿は任せて――全員、後退しろ」
低く腹の底から響くような声で王変の兄貴は言うと、まるで戦場そのものを制するかのような威圧を帯びていた。
背にあった長剣が、静かに抜かれる。光を反射して鈍く輝く刀身は、黒夜刀よりも明らかに長く重そうだ。だがその刃を握る手に、迷いは一切ない。王変の兄貴がわずかに腰を落とし、目の前の屍怪を真っ直ぐに見据えた。
「八賀天心流――邪影一閃っ!!」
王変の兄貴が横一閃に振り抜いた瞬間、空気が震えて耳をつんざく風切り音。一瞬にして、五体の屍怪が一気に弾け飛ぶ。
首を斬られた者、肩を断たれた者。胸ごと裂かれた者――一体として、立ち上がれる者はいなかった。
……やっぱり、王変の兄貴は強えぇ。
それは剣技というより、まるで雷鳴のようだった。切っ先が通り抜けた跡には、確かな死の線が刻まれている。
圧倒的な剣圧に息を呑みながらも、すぐに踵を返した。王変の兄貴が前に立つ限り、まだ何も終わってはいない。――そう、胸の奥で強く確信していた。
***
「……ダメだっ!! 戻れないっ!!」
退路を確保しようとしていた職員の一人が、焦りと怯えを含んだ声で叫んだ。
すぐに目を巡らせる。気づけば四方八方を、――屍怪に囲まれている。通路はほとんど塞がれ、かすかな逃げ道さえ残っていない。銃火器の弾薬も尽き、撃退の手段もほとんどない状況だ。
「房に入って鉄格子を閉めろっ!!」
王変の兄貴が、怒号のように叫ぶ。屍怪を切り裂きながら、背後に視線だけを送って。その眼光には、仲間を死なせないという強い意志が宿って見えた。
今や壁際まで追い詰められ、戻ることは不可能だ。そして背中には、囚人たちが使っていた房が並んでいる。この窮地に逃げ込む場所は、そこしかない。
「一つの房に全員は入れないっ!! 我々はこっちだっ!!」
「所長たちは隣の房を使用してください!!」
職員の一人が即座に判断を下し、三人が分かれて動いた。金属の扉が軋む音が響き、彼らは隣の房へ駆け込む。




