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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第六章 過去との対面

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第354話 クロスプリズン16

「蓮夜。隔離され、人を襲うことができなくなった屍怪は、いったい何を始めたと思う?」


 王変の兄貴が口にしたのは、A棟一・二階の囚人房で実際にあった出来事だった。


「屍怪同士が争っているのは見たことなかったし……。ならやっぱり、ただ徘徊しているだけとか……」


 これまでの経験から、そう答えるしかなかった。エネルギー源がどうなっているのか、屍怪の動力や存在の理屈には疑問が山ほどある。だが目にしてきた現象から導き出せる答えといえば、それくらいだった。


「そうだ。基本的に屍怪は屍怪を襲わない。だが、このクロスプリズンという閉塞的な環境が、一つの変化を引き起こした」


 王変の兄貴が語るのは、屍怪の異常な行動だった。


「あるときから屍怪の間で――共食いが始まったんだ」


 王変の兄貴が言う言葉に、思わず息を呑む。

 屍怪はただ彷徨い、獲物を求めて動き続けるだけ。互いに干渉することはないと信じていた。それが行き場も獲物もない閉鎖環境では、唐突に屍怪同士で食らい合うようになったというのだ。


「まあ勝手に数を減らしてくれるなら、監視カメラ越しに眺めている分には好都合だと思っていた。だが――問題はその先だった」


 真剣な眼差しに辛辣なる顔をして、王変の兄貴の声音が低くなる。


「共食いを繰り返す屍怪の中から、変異を起こす者が現れ始めたんだ」


 監視網の隅々まで映し出された光景に、ただ状況を見守っていた王変の兄貴。

 その中で、ただの屍怪とは呼べない存在が生まれつつある。――それは、見過ごすわけにはいかない変異だったのだ。


「……変異って? どんな風に……」


 胸の奥がざわつくのを抑えきれず、思わず問い返す。


「A棟一・二階に現れたのは、通称スティンガーハンド。名の通り、右腕が槍のように変異した屍怪だ」


 苦々しい顔を浮かべながら、王変の兄貴は口を開いた。

 脳裏に浮かぶのは、尖鋭な刃に変わり果てた右手で、無造作に人を串刺しにする光景。ぞわりと背筋が冷える。ただの屍怪とはまるで別物――兄貴の言葉の端々から、その凶悪さが伝わってきた。


「普通の屍怪と違って走るわ、跳ぶわ……身長は二メートルを超えて、身体能力も異常に高い。討伐をするのに、こちらも手酷い被害を出した」


 王変の兄貴が語るのは、A棟一・二階の攻略時。銃火器で武装した職員たちが討伐に挑んだものの、最初は対処ができず逆に蹂躙されたという。

 結局は王変の兄貴自身が前線に立ち、犠牲を伴いながらようやく屠った。――そう語る声音には、悔しさと警鐘が入り混じって聞こえる。


「……そして、まだ手付かずのC棟。あそこもA棟と同じ環境だ。変異種がいても何ら不思議はない」


 閉塞空間で屍怪がどう変貌しているか、想像もつかないと王変の兄貴は言う。

 八百を超える囚人が収監されていたC棟。A棟とB棟はクロスプリズンへ来る前に、ある程度制圧が済んでいた。最も難易度の高いとされる囚人房ある部分は、本当の意味では未知の領域。

 王変の兄貴が告げた不吉な予兆が、重く胸にのしかかる。次に向かうのは、間違いなく修羅場だ。



 ***



「そういえば……地下との連絡って、どうなっているんですか?」


 ふと、胸の奥に引っかかっていた疑問を口にした。

 今になって地下の状況が気になる。連絡は取れていると聞かされていた。しかし少なくとも目にした限りでは、誰も交信している姿を見たことがなかったからだ。


「定時連絡はある。しかし……こちらは棟の攻略にどうしても時間を食う。そのせいで、必要最低限のやり取りしかできていないのが現状だ」


 王変の兄貴は小さく息をつき、現実を突きつけるように答えた。

 胸の奥がざらついた。地下で待つ者たちの心境が脳裏をよぎる。しかし何より優先すべきは、各棟の攻略。棟を突破できなければ、地下へ降りる術すら得られない。助け出すためには、難攻不落のクロスプリズン。一歩ずつでも、確実に制圧していくしかないのだ。


「それに地下には、職員たちだけではない。囚人も一緒にいる。とても気を抜ける環境ではないのだ」


 茨田さんが補足するように、口を開き地下の環境を語る。


「幽閉されているとは言え、囚人たちと同じ空間で過ごしているんだもんな。職員の人たちにとっては、本当に過酷な環境だぜ」


 想像しただけで、背筋が冷たくなる。

 閉ざされた地下。そこに残された職員たちが置かれている状況は、想像以上に残酷だろう。勤務の交代なんてできなく、きっと眠ることすら命懸けだ。まして、同じ空気を吸っているのは犯罪者たち――心の均衡を保つことすら難しいはずだ。


「いや……今の地下では、職員と囚人は同じ待遇で過ごしている」


 だが王変の兄貴から次に飛び出した言葉は、想像をさらに覆すものだった。


「――なっ!?」


 思わず声が裏返り、衝撃で心臓が跳ね上がった。


「囚人とは言え、ずっと房に閉じ込めておくのは現実的ではない。いずれ暴動が起きて収拾がつかなくなる」


 王変の兄貴は淡々と語り、そこには現場を知る者の重みがあった。


「だから、囚人たちと交渉をした。職員の権限下で協力するなら、待遇を善処すると」


 王変の兄貴が交渉をした囚人は、囚人の中でも話しのわかる相手だったらしい。

 地下の食料は切り詰めても半年分しかない。職員に危害を加えたら、その瞬間に救出の望みは絶たれる。囚人たちにとっても、それは即ち“地下で生殺し”を意味する。だからこそ彼らは――下手な真似はできないのだ。


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