第352話 クロスプリズン14
「霧島所長や職員ならばってことは……何かしらの共通認識。共通点があるってことだよな」
更衣室の机に並べられたのは、平野竹蔵が最後まで手放さなかった所持品。
認証カード、財布、スマートフォン、ペンライト。そして日記帳――全部で五つだけ。
「クロスプリズン内のルールや、みんなが持っている共通の物……。それとも装備に関係するのかしら?」
ハルノは暗号を前にしながら、周囲の職員たちへと問いかける。
「認証カードやペンライトは、職員なら誰もが持っている。他にも“規則”と呼べるものなら山ほどある」
茨田さんは腕を組んで言った。クロスプリズンで働く者なら、確かに共有している知識や習慣は多い。
しかし、それをどう暗号に結びつければいいのか。――そこが見えてこない。
「でも、この暗号を解かなきゃ、先へは進めないわけだしな……」
更衣室の中で、誰もが紙片を覗き込みながら考え込む。だが、どれだけ睨んでみても文字の羅列はただの雑音のようにしか思えない。誰一人として、解決の糸口すら掴めなかった。
結局その場での解読は断念。暗号はメモに書き写され、各々へ配られることに。それぞれが持ち帰り、頭を悩ませることになった。
***
「ゆくんょんうかゅじ、うのはうよんううか、しじきじくししんん、ょかしかじはんはは」
更衣室にてメモされた暗号を、食堂へ持ち込み解読を試みる。パスワードを得るには、これを解かなければならない。
「なんだよ。これ……全っ然わかんねー」
椅子に腰を下ろし、メモを睨みつける。けれど、何度となく目を往復させても解読の糸口すら見えない。
ため息をひとつ吐いて、やむなく天井を仰ぐ。
「パスワードは四桁。もう暗号の解読を諦めて、全通り入力しようって人も出てきているわ」
ハルノが肩を竦めながら、現状を教えてくれる。
完全に、力技で押し通すやり方。前例もあるらしくB棟では四桁のパスワードが分からず、一万通りを片っ端から試すという強硬策が取られたことがあるという。
「これまでも、攻略ってやつには必ずこういう厄介な足止めがついて回ったんだよな。時間がかかるのも当然だぜ」
暗号の写しを睨みつけながら、思わずそんなことを考える。
四桁の数字を総当たりで試すだけで、一万通り。以前B棟の解除には、一週間を費やしたと聞いている。力技の突破が可能でも必要な時間は膨大で、ただ耐えるしかない消耗戦になるのだ。
「霧島所長やクロスプリズンの職員ならば、この意味を理解できるはず……か」
ふと日記の最後に書かれていた一文が、脳裏に浮かんだ。――あれはきっと、この暗号を解くための置き土産だ。
「メモの写しとは違うけど……暗号の紙が縦長に切り取られていたのは、どうも引っかかるよな」
「そうね。そもそも日記があるのに、どうしてわざわざ別の紙に書いたのかしら? ただの気まぐれには見えないわ」
胸に引っかかっていた疑問を口にすれば、隣のハルノは同調するように頷く。
縦長の形式に着目してみるが、答えは簡単に姿を見せない。自問自答を繰り返すほど、霧が濃くなるばかりだ。
***
「行き詰まったら、気分転換に休憩も必要よ。今日の献立はアスパラのベーコン巻き。手伝ってちょうだい」
厨房から歩いて現れたのは、料理長のレイカさんだった。夕食も間近と呼びかけられ、張りつめた空気をふっと和らげる。
「じゃあ、行ってくるぜ」
暗号に頭を抱えていても埒が明かない。手伝いとなれば腰を上げ、調理場へと足を向ける。
包丁を握る腕を買われてからというもの、台所仕事はほとんど日課になっている。ハルノはそこまで得意ではない分、暗号の解読を託すことにした。
「アスパラって春のイメージでしたけど、秋にも収穫できるんですね」
小さく切り分けながら、ふと疑問を口にした。アスパラガスという野菜は、春先という印象が強かったからだ。
「アスパラガスは多年草だから、夏の間は株を休ませて、秋にもう一度収穫ができるの。春より量はずっと少ないけれど、今でも貴重な食料よ」
レイカさんは手際よくベーコンを広げ、アスパラを芯にしてくるくると巻きながら答えてくれる。世間話ともつかないやり取りを交わしながら、調理に関わる人たちは黙々と手を動かした。
クロスプリズンに集う人数は多い。料理はいつだって戦いのようで、一皿一皿を仕上げるごとに小さな達成感と疲労が積み重なっていく。




