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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第六章 過去との対面

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第348話 クロスプリズン10

「そらっ!! どうしたっ!? この程度で根を上げるのかっ!!」


 先頭を駆ける霧島所長のリュックには、二十キロもの砂袋が詰め込まれている。

 クロスプリズンの庭を、ぐるりと周回する持久走。職員たちと肩を並べての基礎体力訓練でも、霧島所長は一枚も二枚も上をいっていた。


「まだまだ!! この程度なら、まだまだ余裕だぜっ!!」

「はははっ!! いいぞ!! その調子だ!!」


 必死に食らいつく中でも、霧島所長は息ひとつ乱さず笑顔を見せる。

 次第に職員たちが遅れはじめる中、自分よりも明らかに格上の背中。それでも強くありたいという気持ちが、足を止めさせなかった。


「八賀天心流──抜虎星来(バッコセイライ)っ!!」

「一刀理心流──七天雷同(シチテンライドウ)っ!!」


 個人戦闘技術では霧島所長と、木刀を打ち合う鍛錬が続く。

 虎の如く果敢に襲いかかる霧島所長に対し、怯まずに雷の如き七連撃で応じる。腕力では到底敵わない。だが速さだけは同等か、あるいはわずかに食らいつけるか。重さで劣る一撃を補うには、手数で圧し切るしかなかった。


「ねぇ? 以前から思っていたのだけど。戦闘中に、技名を叫ぶ必要はあるの?」


 木刀を収めひと息ついたところで、ハルノは首をかしげてくる。


「必要あるかは、わからねぇけど。叫ぶと気持ちが乗るっていうか、気合いが入るんだよ」


 オリンピック競技や格闘技で、技名を叫ぶなんてほとんど見たことがない。せいぜい、気合いの声くらいだろう。

 故に、ハルノの指摘はもっとも。しかし戦っていると、自然に口にしているのだ。


「それが重要なんだ」


 霧島所長が現れて、横から口を挟む。


「気持ちや気合いの入りようは、パフォーマンスに直結する。それはここ一番の場面で、大きな影響を及ぼすはずだ」


 霧島所長の言葉には、説得力があった。

 たしかに霧島所長も、技を繰り出すときは必ず声を乗せていた。心の持ちようという点に関して、感覚がよく似ているのかもしれない。



 ***



「強えぇ。体力にしてもそうだけど……近くで見るたびに、その差を感じるぜ」


 訓練を終えて庭のベンチに腰を下ろすと、全身に疲労感がずしりとのしかかってくる。

 基礎体力訓練に、木刀での手合わせ。霧島所長に食らいつこうとしても、間近で感じるのは圧倒的な差。体力、腕力、技術力、応用力──どれを取っても桁外れで、化物という言葉しか浮かばなかった。


「はははっ!! まあ、このオレは人類最強だからなっ!! 蓮夜もよく付いてきているほうだっ!!」


 大声で笑い飛ばす霧島所長の顔は、冗談半分のようにも見える。けれどその豪胆さと実力を思えば、あながち嘘とも言い切れない。


「霧島所長って、なんでそんなに強いんですか?」


 汗が頬を伝いタオルで拭いながら、素直な疑問を口にする。

 一朝一夕で得られるものではない。恵まれた体格や才能があったとしても、並大抵の努力ではこの力は築けなかったはずだ。


「クロスプリズンの所長に就任するまでは、軍本部に属していたんだ。若い頃は本当にみっちりと、地獄のような訓練に明け暮れていた」


 少し遠くを見るような目をして、霧島所長は口を開いた。

 霧島所長が身を置いていたのは、ジェネシス社の軍隊。その中で大将の三本柱に数えられ、最終的には陸軍のトップにまで昇り詰めたという。それはまさしく、規格外の経歴だった。


「それがなんで、クロスプリズンの所長に……」

「おっと!! それ以上は答えられん。秘密事項だ」


 思わず先を聞きかけたところで、霧島所長は片手を上げて制する。

 きっぱりとした口調に、それ以上踏み込むのは憚られた。なんでも根掘り葉掘り聞くのは無粋。相手の立場を考えればこそ、軽々しく尋ねるべきことではないのだろう。


「しかし、蓮夜。もうオレたちは仲間だ。霧島所長とは、随分と他人行儀だと思わないか」


 霧島所長は腕を組み、どこか含みのある笑みを浮かべながら言った。どうやら呼び方について、不満があるらしい。


「いやでも、霧島所長は霧島所長ですし」


 当然の返しをしてみるも、本人はまるで聞く耳を持っていない。


「王変さんでもいいが、少し面白みがないか」


 真顔で言う霧島所長の姿に、思わず苦笑いする。肩書きでも名前でも満足できないとは、この人らしいというか何というか。


「兄貴はどうだっ!? 今回の訓練からしても、蓮夜は弟分みたいなものだろっ!?」


 霧島所長は胸を張り、やけに得意げに放たれた提案。どうやら冗談ではなく、本気で言っているらしい。

 職員たちの目がある以上、呼び捨ては難しい。けれど――兄貴と呼ぶなんて、本当にありなのだろうか。


「さあ、蓮夜!! 王変の兄貴と呼んでみろっ!!」


 霧島所長――いや本人曰く“王変の兄貴”は、胸を張って声高に言い放った。それはもう、誰にも止められそうにない勢いだ。


「……王変の兄貴」


 言葉を口にした瞬間、顔が熱くなる。いきなり呼び方を変えるのは、さすがに照れくさい。


「良い響きだ。よしっ!! もっと大きな声で!!」

「おっ……王変の兄貴!!」


 霧島所長は収まりがつかなそうなので、恥ずかしさを押し殺しやむなく全力で叫ぶ。


「その調子だっ!! 弟分よっ!! さあ、訓練を続けるぞっ!!」


 勢いそのままに、笑う王変の兄貴。こうして霧島所長の呼称は、本人の強い意向で“王変の兄貴”へと落ち着いた。

 最初こそ気恥ずかしさがあったが、訓練を通じて何度も叫ぶうちに、次第に普通になっていく。王変の兄貴との稽古は厳しくも実戦的で、かけがえのない経験となっていった。


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