第343話 クロスプリズン5
「ここ四階は、最初に来たよな」
「所長室以外は、何があるのかしら?」
見覚えのある廊下を進みながら、ハルノと一緒に探索を続ける。
クロスプリズンD棟の四階は、執務エリア。刑務所全体の方針や処遇判断、広報対応を担う所長室をはじめ、職員のシフト管理や採用、人事評価や異動を扱う総務人事課。囚人の管理に直結する警備課・処遇室には、懲罰記録や問題受刑者のプロファイルが保管されている。さらに会議室や訓示室では、月例会議や訓練前の説明、外部講師を招いての研修なども行われていたらしい。
「事務手続きな部分が多そうね」
「誰も触ってないのか、埃が積もっているぜ」
ハルノが感想を述べると同時に、書類棚に手を伸ばす。触れた指先から、細かな埃がふわりと舞い上がる。それもう、長い時間を放置されていることを現していた。
「事務手続きなんて、今は必要ないしな」
「生活を守ることが一番。今もみんな、そのために戦っているのですもの」
終末の日からの現実を語れば、埃を払いながらハルノは言う。
終末の日より前であれば大切に扱われていた書類も、今となってはほとんど価値を失っている。事務のルールに縛られていたなら、職員の家族たちすらこの場に入れなかったはずだ。
生き残るために必要なことは、その都度で柔軟に対応する。──クロスプリズンが今も成り立っているのは、その変化を受け入れてきたからに違いなかった。
***
「そしてここが最上階。五階だな」
前方を見据えれば、静まり返った廊下が真っすぐに伸びていた。
クロスプリズンD棟五階には教員室、心理技官室、記録保管室、そして配電室。教育・研修室では新人刑務官の研修や定期講習、職務倫理教育が。心理技官室では受刑者の精神状態や問題行動のチェック、定期面談の記録。記録文書保管室には処分履歴、作業成績、刑期管理などの公文書が眠っているはずだ。そして電気の受電・変圧・配電を行う、電力の心臓部とも言える配電室がある。
「ブレーカーを上げればって話だけど、鍵が閉まっていて開かないな」
「刑務所ですもの。当然よ。配電室の機能が止まると、防犯設備や監視システムも停止するわ。とても重要な場所ですもの」
解錠できず触れるコンクリートの壁は分厚く、ただの部屋ではないことをハルノは語る。
電力が途絶える――それは即ち、不測の事態。囚人に抵抗の隙を与えることになり、だからこそこの扉の向こうは――徹底的に守られているのだ。
「クロスプリズンには配電室が四ヶ所あるのよね。AからD棟のうち、どこか一ヶ所でも稼働していれば全体に電力は供給される。でも地下だけは、仕様が違うのよね」
再確認するようにハルノは言い、その言葉に相違なく頷く。
現在稼働しているのは、ここD棟とB棟の二ヶ所。地下に降りるには、残るA棟とC棟のブレーカーを上げる必要がある。
「それに通常、配電室は一階や地下にあるらしいけど。そもそもクロスプリズンは特殊だって言っていたしな」
配電室はすべて、五階――最上階に設けられているらしい。
上階へ進むごとに、セキュリティの壁が増す仕組み。囚人が仮に反乱を起こそうとも、容易にこの場所へたどり着けるはずがない。
「――牢獄の中枢を守るための構造ね」
セキリュティの厳重さを前に、不意にハルノはポツリと呟く。クロスプリズンという施設の異様さを、改めて思い知らされた。
***
「刑務所内って、こんな感じなんだな」
D棟を見て回った結果として、建物の構造や大枠で把握できた。
「でも囚人房がないから、他は違うはずよ。それに作業場もなかったもの」
横を歩くハルノが、ぴしゃりと指摘する。
しかし、たしかに全部が同じ造りではない。まだ見ぬ部分を考えると、軽率に『わかった』と断じるわけにはいかないだろう。
「あと残っているのは……クロスプリズンの外か。庭になっている部分だな」
高い塀に囲まれた敷地の中には、意外にも畑が広がっていた。野菜が整然と植えられ、奥には家畜小屋まである。
職員たちが外へ補給に出ることは多々あるも、それでも基本は自給自足に努めているようだ。ここで暮らす人々が生活を維持するため、各々ができることを行っていた。
「にしても……A棟やC棟には、まだ屍怪がいるんだよな。建物の中から出てくることはないってわかっていても、すぐ近くにいると思うと落ち着かないぜ」
クロスプリズンの壁やセキュリティが万全なのは理解している。だが壁一枚を隔てた先に“屍怪”がいる事実は、どうしても心をざわつかせる。
「B棟とD棟がある東側をメインに、西側はほとんど使われていないみたいよ。やっぱり屍怪がいる影響でしょうね」
脅威となる存在が近くにいては、ハルノは実情を淡々と言った。――どれだけ大人でも、一度でも屍怪を目にすれば恐れを抱く。ましてや子どもならなおさら、誰も好んで近づきはしないだろう。
だからこそ職員たちは警備を怠らず、常に警戒を張り巡らせている。僅かにも変化はないかと目を光らせ、生活を守るため職務に勤しんでいるのだ。




