第341話 クロスプリズン3
「その犯人に心当たりは? もしまだこの刑務所に潜んでいるのなら、取り返すこともできるんじゃ……」
生存者がD棟に集中しているならば、犯人もここに紛れている可能性はある。マスタキーさえ取り戻せれば、各棟の攻略は飛躍的に進むはずだ。
「……映像を確認したが、心当たりはまったくない。刑務所内も徹底的に探したが、見つからなかったんだ」
講じられる手は打ったと、霧島所長は深く息を吐く。
「それにそいつも、ライセンスを持っていた。正規の許可証を提示されなければ、所長室まで通すこともなかった」
監視カメラに残された映像を見ても、霧島所長にとっては見知らぬ人物だった。騒乱に紛れて逃げたのか、それとも別の経路を辿ったのか。
「……相手が少年だったと、油断があったのは事実だ」
茨田さんは静かに、ノートパソコンを差し出す。画面には当時の所長室が映し出され、八分丈の黒いクロップドパンツ。白いシャツに袖のないベージュのタキシードベストで、首元には黄色の蝶ネクタイ。ボリュームある白髪に、前髪で左目を覆い隠す少年の姿があった。
「これって……間違いないよな?」
「……そうね」
所長室に案内されていた人物の姿に、ハルノと同時に息を呑んだ。
パソコンに映っているのは、メリル・グランフォード。函館山でヘリコプターに乗って現れた、あの少年に――間違いない。
「なんだ? 知っている顔なのか?」
二人が揃った反応をしていると見て、霧島所長が怪訝そうに問いかけてくる。
「……メリル・グランフォード。元ジェネシスの社員で、俺たちの同僚でもありました」
函館での遭遇を、簡潔に説明する。
まさかクロスプリズンにて、メリルを見ることになるとは。誰も全く本当に微塵も、――予想をしていなかった。
「……函館にいたか。しかし、そいつがもう刑務所にいないのなら……マスタキーは諦めるしかないな」
霧島所長は、さして未練を見せることもなく即座に切り替えた。もとより、大きく期待はしていなかったのだろう。
終末の日に、メリルがクロスプリズンに……。誰かに会いにきたのか? それとも別の目的が?
函館山での再会も偶然に思えなかったけど――これは、本当にただの巡り合わせなのか?
胸中に疑念を抱きながらも、一つ決心して一歩前に出る。
「俺たちも地下へ行くために、協力させてもらえませんか?」
クロスプリズンを訪れた理由――それは、元同僚のガイに会うため。そして、ジェネシス社テロ事件の真相を問いただすためでもあった。
「そうね。私たちも、きっと力になれると思うわ」
目指す先が同じ地下であるならば、ハルノも迷いなく助力を申し出た。
「どうしますか、所長?」
茨田さんが視線を送り、最終的な判断を仰ぐ。
「まあ、いいんじゃねぇの。どうせ目指す所は変わらねぇし。ただし――クロスプリズンにいる間は絶対服従だ。王に逆らうことは、そのまま死を意味する。肝に銘じておけ」
霧島所長は軽く言い放ちながらも、言葉の端々には揺るぎない支配者の色が滲んでいた。
こうしてハルノと一緒に、クロスプリズンの地下を解放するため。クロスプリズンの人たちと、協力関係を結ぶことになった。
***
「働かざる者、食うべからず」
そう言って立ちはだかるのは、コックコートに身を包んだ女性だった。
黒髪のボブカットに、きっちりと揃えられた前髪。ぽっちゃり、などという生易しいものではない。堂々とした肥満体型で、丸い顔に細い目。にやりと笑っているように見えるが、表情の変化は少なく、落ち着いた笑みを湛えているようだった。
「所長から話は聞いているわ。あなたたちの面倒を見ることになった、財前レイラよ。呼び方は財前さんでも、レイラさんでも好きに呼んで」
クロスプリズンの料理長にして、裁縫も得意とする才女。面倒見がよく少々の癖はあるが、リーダーシップも兼ね備えているという。
霧島所長の紹介によって、財前レイラと顔を合わせた形だ。
「よろしくお願いします。財前さん」
「……」
言われた通りに呼んでみるも、反応はあまりに薄い。
「よろしくお願いします。レイラさん」
「はい。よろしくね」
どうやら呼ばれたい呼称は決まっているようで、レイラさんと呼べば素直に応じてくれるようだ。
霧島所長の命により、クロスプリズンで過ごす間は仕事をすることになった。棟の攻略につき今日のアプローチはすでに終了しており、次は諸々の準備を経て一週間後になるという。
「あなたたち、働く前にまずはクロスプリズンを一回りしてきなさい。そして人々の生活を知ること。終えたら声をかけてね」
そう言い残しレイラさんは、調理場の仕事へと戻っていく。残されたハルノと顔を見合わせ、従うことにするのだった。




