第340話 クロスプリズン2
「というか……囚人棟に屍怪がいるなら、ガイも……」
もしクロスプリズンに収監されていたのなら、会いたかったその人も——もう。
「たしかに、一般の囚人なら生存の確率は限りなく低い。だが——!!」
霧島所長は身を乗り出し、声を張り上げた。
「ここクロスプリズンには、記録にも載らない地下がある!! ジェネシス社に関わる重大犯罪者は、一般受刑者とは別格の扱いだ!! 地下に収監されている者なら、まだ生存の可能性が残っている!!」
霧島所長が暴露をするのは、秘密とされた地下の存在。隠されたその空間には、今も息づく人間がいるらしい。
「所長……それは非公開情報です」
お茶を盆に載せて戻ってきたのは、先ほど退出したばかりの女性職員だった。盆を机に置きながら、視線を宙に泳がせ露骨に困り顔だ。
「まあまあ、りっちゃん。そう堅いことを言うな」
霧島所長は肩を竦め、頬を緩ませにやりと笑う。
「この終末世界で、今さら隠し立てしても仕方ない。そもそもクロスプリズンのみんなだって、もうとっくに知っている話だ」
「……それは、そうかもしれませんが」
霧島所長はとても楽観的で、女性職員は眉間に皺を寄せている。
「ですが、部外者に軽々しく話すのは危険かと」
眼鏡の位置を指先でクイと直す女性職員は、比較して警戒心が強い様子。明らかな忠誠心を見せる中でも、考え方の違いを物語っていた。
「あっ、ありがとうございます。えーっと……りっちゃんさん」
お茶を受け取り、思わず口から出た感謝の言葉。だが次の瞬間、その場の空気が凍りついた。
「……茨田律だ。茨田さんと呼べ」
茨田さんは無機質な声音で告げ、ゆっくりと顔を向ける。
「次に“りっちゃん”と呼べば、その命はないものと思え」
淡々とした口調も茨田さんからは、冷たい刃のような怒気が滲む。
霧島所長だからこそ許される呼び方を、軽々しく口にしてしまったのだと悟る。背筋が粟立つ思いに次からは、絶対に気をつけよう――そう強く心に刻むのだった。
***
「……でも、地下にいるなら……まだガイは生きていて、会える可能性があるんですねっ!?」
緊張がほどける間もなく、胸の奥に残っていた希望が弾け、自然と声が高くなる。一度は敵対する立場になってしまったが、それでも――何か事情があったと信じている。仲間である可能性を、まだ捨て切れてはいなかった。
「そう早合点をするな。可能性と言って、会えるとは言っていない」
霧島所長の声が低く響き、地下へ向かうための方法。それは中央棟のエレベーターにて、“隠しスイッチ”を表示させなければならない。
A棟からD棟のどこか一ヶ所でも、ブレーカーが上がれば刑務所の電気は使用できる。しかし地下行きのエレベーターだけは、全てのブレーカーを上げなければと特殊仕様なのだ。
「地下には部下たちも残されている。連絡は取れるが、終末の日から食料は半年分。だから部下たちを救うために、各棟の攻略を急いでいるんだ」
霧島所長の話によれば、B棟はすでに攻略済み、A棟も八割方は制圧を終えている。だがC棟だけは、まだ一歩も手をつけられていない状態らしい。
「終末の日から、もう半年以上は経っていますよね。それだけ近くにある囚人棟なのに……攻略って、そんなに難しいんですか?」
刑務所であれば、武器や設備も揃っているはず。それなのに未だ解放に至らない理由――その難易度の高さが、どうしても気になった。
「はっきり言って、難易度は非常に高い」
霧島所長は腕を組み、重々しく言葉を続ける。
「安全を確保するに、まず屍怪を排除すること。だが、それだけでは終わらない。屍怪の亡骸からは疫病が発生する危険もある。だから消毒や片付けの作業も必須になる。さらに各フロアでセキュリティを解除しなければならない」
霧島所長の言う攻略とは単なる戦闘ではなく、排除・清掃・解除の三段階が必要だという。
「セキュリティ解除がまた厄介なんだ。看守が持っていた鍵や、システムのパスワードが必須なんだが……これが本当に、この上なく手間がかかる」
攻略の難易度につき、説明をする霧島所長。
特定の人物しか持たない鍵、不明なままのパスワード。それらが攻略の難易度を、特に跳ね上げているらしい。
「あの、差し支えなければ……」
ハルノは遠慮深そうに、少し首を傾げて口を挟む。
「マスタキーとか、ないんですか? ほら映画みたいに、所長なら一本で全部開けられるとか」
その場に少しだけ軽さを混ぜるように、ハルノは疑問を投げかけた。もしそんな代物が存在するなら、状況は大きく変わるはずだ。
「本来なら、そのマスタキーは所長室に保管されていたはずなんだが……どうしても見つからないんだ」
茨田さんは苦々しい顔で、補足するよう言葉を漏らす。
「終末の日に、何者かの来客があったらしい。手を離せず直接は応対できなかったが、所長室に入った部外者は、その来客ただ一人だ」
当時の混乱を思い出すように、霧島所長は眉間に皺を寄せる。業務と騒動が重なり、対応どころではなかったのだ。
「全て、わたしの落ち度です。案内をしたのはわたしで、本当に申し訳ありません」
茨田さんは深く頭を下げ、自らの責任を感じていた。
「いや、気にするな」
霧島所長は手を振り、声を強めて続けた。
「所長室に通せと命じたのはオレだ。責任を感じる必要はない。それにマスタキーは、施錠した机の中に保管していたんだ。どうやって持ち出したのか、そして何のために盗んだのか……まったく見当がつかん」
霧島所長の声音には、苛立ちと同時に不安の色が滲んでいた。
厳重に守られていたはずの鍵が、忽然と姿を消した。それは混乱の中で起きた、予想外の出来事だったのだ。




