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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第六章 過去との対面

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第339話 クロスプリズン1

「ここ仙台民間刑務所は――通称、クロスプリズンと呼ばれている。中央棟を基点にAからDまでの四棟に分かれ、二千人近くの囚人を収監していた」


 刑務所の厚い門を抜けると、所長は歩きながら低く説明を始めた。

 視界を巡らせれば目の前の受付所を基点に、四方の通路すべてに重厚な隔壁が降りている。まるで外からの侵入を防ぐためではなく、中にある何かを閉じ込めるためのように。


「我々が向かうのはD棟だ。医療棟と職員庁舎を兼ねていて、今はクロスプリズンで働く者と、その家族の住居になっている」


 厳しい声色で説明を引き継いだのは、あの長身の女性職員だった。足音がコンクリートに反響する中、開かれた隔壁を抜け、階段を使用して四階へ上がる。


「中央棟には受付と、エレベーターのみだってな」

「らしいわね。それにしても、かなり人がいそうね」


 構造についての感想を述べれば、ハルノは周囲を気にしている。

 階段を上る前の一瞬であったものの、一階と二階の吹き抜けフロア。そこには多くの部屋があり、多くの人の気配が感じられた。


「ここが所長室だ。二人とも入ってくれ」


 所長に案内された四階の所長室は、刑務所とは思えないほど整えられていた。木製の床に革張りの応接セットが中央に鎮座し、壁にはジェネシス社の紋章が重々しく飾られている。

 広い執務机には、几帳面に積まれた書類の山。無骨な黒い電話機と、役所じみた角張ったパソコン。そしてその横で、鍵付きのキャビネットが無言の威圧感を放っていた。


 所長室にも監視カメラがあるのか。やっぱり刑務所だけあって、セキュリティは厳重だぜ。


 ふと視線が天井の隅で止まれば、そこにあるのは小型の監視カメラ。

 訪問者だけでなく、この部屋の主である所長自身すら、常に記録しているのだろう。刑務所らしい徹底した管理と、息苦しいほどの監視の空気が、重く肌にまとわりついてくる。


「りっちゃん、みんなに食事を取るよう伝えてくれ。それと飲み物を頼む」


 所長はソファに腰かけると、気さくに声をかけている。


「了解しました。ただし――くれぐれも所長相手に、無礼のないように」


 女性職員は鋭い視線をこちらに向け、釘を刺すように告げてから部屋を後にした。


「さて、自己紹介がまだだったな」


 所長はゆったりと背もたれに、その身を預けて口角を上げる。


「オレの名は霧島(きりしま)王変(おうへん)。二十九歳にしてクロスプリズンの所長。イケメンにして知力も高く、戦闘能力は人類最高クラス。――つまりは、人類最高峰の完璧超人ってわけだ」


 大真面目にしかし誇らしげに、言い切る霧島所長は冗談とも本気ともつかない。


「一ノ瀬蓮夜です」

「朝日奈ハルノです」


 テーブルを挟んで対面に座れば、こちらもハルノと順に名乗っていく。


「朝日奈ねぇ。たしかにどこかで見たことのある顔なんだが。しかし、聞き覚えのない苗字か」


 霧島所長はハルノの顔をじっと見つめ、何かを探るように眉をひそめる。

 しかし、ハッキリとしないらしい。他人の空似や勘違いか、もしくは記憶の断片が繋がらないか。どうにも何か、ピースが欠けているようだった。


「ここは刑務所なのに、……ずいぶん多くの生存者がいるんですね」


 所長室は四階にあり、通ってきた階下。一階や二階の廊下や広間には、人の気配が溢れていた。

 終末世界の荒廃した街を、渡り歩いてきた道すがら。これほど多くの人間が集まって暮らす場所は、ここが初めてと言ってよいだろう。


「クロスプリズンで働く職員が二百人。そして、その家族たちがこのD棟で暮らしている」


 霧島所長はゆっくりと胸を張り、言葉を続けた。


「ははははっ!! クロスプリズンを治める“王”として、民を守り助けるのは当然の務めだ」


 霧島所長の高らかな笑いが、革張りのソファと木の壁に反響して響く。その姿は自らを本気で、“王”と信じて疑わない男のものだった。


「D棟にそれだけ生存者がいるなら……他の棟にも、まだ人はいるんですか?」


 広大な刑務所の規模から、ハルノは自然とそう問いかけた。


「……それが、そうでもない」


 霧島所長はわずかに表情を曇らせ、言葉を続ける。


「当初は屍怪の存在を知らなかったせいで、このクロスプリズンにも侵入を許してしまった。AからC棟の受刑者や看守は、ほぼ全員が屍怪と化している」

「ってことは、すぐ近くに……屍怪と同居しているってことですか!?」


 霧島所長の思わぬ告白により、思わず声が大きくなる。

 壁一枚を隔てた場所に、屍怪と化した者がいる。身近に脅威がいると知れば、身構えるのも当然の話だろう。


「まあ、そういうことになるな」


 しかし霧島所長は意に介さず、ゆったりと笑みを浮かべた。


「しかし、そんなに慌てるような話ではない。戦車でも突破できない隔壁を下ろしてある。屍怪が出てくることは絶対にない」


 霧島所長は断言するよう口ぶりで、クロスプリズンの耐久性に絶対の自信を持っていた。


「クロスプリズンを……出て行こうとは思わなかったんですか?」


 屍怪が壁一枚の向こうにいると知れば、どこか落ち着かないのが普通だろう。


「出て行って、どこへ向かう?」


 霧島所長は低く笑い、ゆっくりと椅子にもたれかかる。


「外に出れば、屍怪の脅威は常について回る。だがこのクロスプリズンにいれば、電気は通り、清潔な水も飲める。防御の面でも、ここに勝る場所はまず存在しない」


 霧島所長は前屈みに手を組んで、留まり続ける理由を語る。

 たしかに——終末世界の今、電気や水を確保できる場所など数えるほどしかない。生活インフラを捨てて外に出ることは、危険と引き換えにしても選択できなかったのだ。


「それにAからC棟に屍怪がいることは、ここに住む全員が承知している。それを理解した上で、この場所を選んでいるんだ」


 霧島所長の言葉は冷たい事実と、揺るぎない切迫した現実を孕んでいた。


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