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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第六章 過去との対面

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第337話 所長

「でも……この人が、何をしたって言うんだっ!?」


 それでも決して怯むことなく、叫びは怒鳴り声に近かっただろう。

 生きている人間に、銃を向ける――それがどれだけ異常なことか。しかも相手は明らかに無抵抗なれば、ただの囚人かそれとも何かの手違いか。それすらわからないだが、この状況で黙って見ていられるわけがない。


「所長になんて口の聞き方をっ!! すぐに取り押さえろっ!!」


 叫びが空気の緊張を跳ね上げたところで、鋭く命令口調を発したのは女性だった。

 大男の隣にいても見劣りしない高身長で、少なく見積もっても百九十センチはある。モデルか、もしくはバレーの選手か。そう思うほど手足が長く、全身から異様な存在感を放っていた。

 黒の制服は恐ろしく、体のラインにフィットしていた。胸元はまるで破裂寸前で、腰は極端なまでにくびれていて、まるで漫画のキャラクターのようだ。四角いレンズの眼鏡をかけ、帽子は円筒形のクラウンに平らなトップ、前面にはやや長めのつば。制帽というより、軍服の将校がかぶるような形に近い。


 ……それにしても、『所長』?


 落とされた情報に、内心では耳を疑った。大男の年齢はせいぜい二十代後半、いや三十を超えているようにも見えない。それでいて『刑務所の所長』だなんて、大袈裟にも信じられなかった。

 年功序列が崩れて、実力主義の時代になったのかもしれない。だけど、それでもあまりに若すぎる。トップに立つ者として、場数も年齢も必要だと思ったからだ。


「おい。後ろをよく見てみろ」


 所長とされる大男の声が、低く響き場の空気を凍らせた。

 黒ずくめの武装集団は、取り囲むよう展開する。そんな中で反射的に振り返り、その先に倒れている装備の乱れた男。


「——歯型」


 首筋には深く無残に、刻まれた痕が目に入る。

 それは何より確かな、“感染”の証拠。それは決して引き返せない道に、立っていることを示していた。


「残念だが……どうやったって助かる道はない。だからせめて人のまま逝けるように……介錯をする。それが当人の、最後の望みなんだ」


 淡々と語られる所長の説明に、口を挟む余地はなかった。ただ目の前の事実が、言葉以上に真実を物語っていたからだ。


「……所長。今まで、本当に……ありがとうございました」


 地面に伏した男が苦しげに、呼吸の合間で懸命に声を絞り出す。その目はただまっすぐに、所長とされる男を見つめていた。


「今までよく尽くしてくれた。オレたちの記憶の中で、お前の存在は生き続ける!! 最期くらいは、笑顔で逝けっ!!」


 言葉とともに、所長の顔が歪む。感情を押し殺すように、それでも声だけは威勢よく響いた。

 倒れた男がかすかに、口元をほころばせる。人としての微かな誇りと、尊厳を最後に示すように。


「バンッ!!」


 向けられたハンドガンが火を噴き、乾いた音が空気を断ち銃声が一発。すべてが一瞬にして静まり返り、しかし誰も——目を背けてはいなかった。



 ***



「裏地に墓を立ててくれ」


 声を低くしかし優しさを含んだ声で、所長は顔を向けて命じた。


「了解しました。すぐに遺体を運べっ!!」


 すかさず隣の女性が鋭い指示を出して、黒い装備の者たちが動き出す。

 上司と部下という関係性は、その一連のやり取りからも明らかだった。言葉は少なくとも、信頼と統率が感じ取れる。


「おーおー。お前らこのご時世に、よく生きていたな? どこから現れた?」


 所長と呼ばれる大男が振り返り、笑みを浮かべて問いかける。どこか人懐っこいその声色は、先ほどまでの威圧感を一変させていた。


「……北海道から」


 勢いのまま飛び出てしまったが、早とちりもあり素直に答える。


「何ぃ!? 北海道!?」


 所長は目を見開き、素っ頓狂な声を上げた。


「よくもまあ、そんな遠い所からここまで来たもんだ!!」


 驚きと感嘆の入り混じった所長の声に、周囲の者たちも思わず笑い声を漏らす。

 わずかながら、そこには平穏すら感じられる。終末の世界の中でまだ人の温かさが、ほんの少しだけ残っていると思わせた。


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