第33話 炎上
先へ進むために、陣形を組んだ。最も屍怪と向き合うだろう。正面に自身を。
左右の迎撃に、啓太と夕山。後方支援に、美月とハルノ。攻防一体となる、即席の布陣。
「向かうは正面! 一点突破で行くぞっ!」
進行方向となる同心北高校方面にも、続々と歩み迫りくる屍怪。
「死角にも気をつけろっ! 建物や車の影! どこから現れるか! わからないぞっ!」
道路沿いには、民家に商業施設。道路上には車も残され、潜められる死角は多い。
こちらの人数は五人。屍怪の全体数は目算で計れず、差は圧倒的なものになっていた。
「一刻も早く、この場を抜けるんだっ! 行く手を阻む奴は、容赦しねぇ!!」
背負う刀を抜刀しては、振り下ろして屍怪に一斬。
「にゃろおお!!」
「ははっ!」
必死の形相でバットを振る啓太と、縦横無尽に鉄パイプを扱う夕山。
夕山に関しては、返り血を浴びながらも笑顔。窮地においてもこの戦闘を、楽しんでいるよう見える。
「左の奥からも来ていますっ!」
「任せてっ!」
美月は迫る屍怪の存在を知らせ、ハルノは弓を構えて矢を放っている。
多くの屍怪に迫られるという、絶対的な窮地。しかしそれでも一つ戦う形ができ、微かながらも突破口は開けつつあった。
「ドドォーン!!」
背後から不意に、爆発音が鳴り響いた。振り向くと乗用車からは、高く火柱が上がっている。
「ガソリンに引火して、爆発したのか」
事故を起こした乗用車からは、燃料であるガソリンが漏れていた。
気づいてからは、危険と認識していた。それ故に、案の定の展開。何かのきっかけが引き金となり、引火し爆発してしまったのだろう。
「見てください。あれ……」
美月は驚きの光景に、言葉を失っている。
「車は燃えてるって言うのに。突っ込んでいくのかよ」
迫っていた屍怪の一団は、燃える乗用車へ向かっていた。
身を焼き焦がし、倒れていく屍怪。燃えたままでもなお、進行する者までいる。
「立ち止まっている場合じゃないでしょ!? 今は早く逃げないとっ!!」
未だ窮地を逃れていないため、ハルノは急かし背を押した。
一部の屍怪は離脱し、注意は逸れた。しかし背を負う存在は、無になったわけではない。
「そうだな。急いで、ここを抜けよう!」
刀を振るって、屍怪を撃破。必要最低限の戦闘を行い、窮地を逃れるため走った。
屍怪に対し一つ、新たな情報を得る。しかし本質的には不明な点も多く、理解とは遠いものであった。
***
スーパーマーケットに十字路交差点と離れ、市街地を進んでほどほどの地点。追ってきた屍怪からは、無事に逃げ切った。
今回の件で気になったのは、屍怪の行動原理だよな。
一段落できる状態となり、状況の整理を行う。爆発後に屍怪の一部は、燃える乗用車へ向かう展開となった。
屍怪は俺たちを、狙っていたはずなのに。
結果として車へ向かう屍怪も、かなりの数いたんだよな。
屍怪の注意が逸れたことで、逃げる身としては助けられた。
しかし一部は乗用車へ向かっていくも、進路を変えず襲いくる者もいた。
分散したのは、ありがたかったけど。
にしても燃える車に突っ込むのは、絶対的に意味不明。明らかに自殺行為だ。
今まで知った屍怪の情報は、生者と屍怪を区別している。考える能力は低く、視覚や聴覚と判別方法は不明。
身体的特徴を言えば、異様なタフさ。頭部を破壊しなければ、動きは決して止まらない。痛がる素振りなく、痛覚があるかも不明。
今回の行動は、今まで知った情報に当てはまらない。
屍怪に関しては、もっと別の何か。根本的に違う、要因があるのかもしれないな。
「にしても、危なかったじゃん。正直なところ。オレはもうダメかと思ったね」
頭の後ろで手を組み、僅かに上向く啓太。
「危機一髪でしたね。それでも、みなさん。怪我なく無事で良かったです」
美月は全員の姿を確認し、安堵した様子で言う。
今回。みんなを危険に晒したのは、俺の判断ミスだ。
男性の救出を、優先した結果。女性は屍怪に襲われてしまった。
さらには四方を屍怪に囲まれ、全員に大きなリスクを背負わせてしまった。
「どうかしましたか?」
斜め下から顔を覗かせ、美月は問いかけてきた。
「何か。思い詰めた顔をして見えたので」
己が判断を反省していたため、表情から美月に悟られたらしい。
思い詰めた顔をしてたのか。気づかなかったぜ。
「……今回。どうするのが、正しかったのかな? みんなを危険に晒すくらいなら、見捨てれば良かったのか?」
今までになく、答えを出せずにいた。
結果は全員を危険に晒し、救出も失敗。しかし夕山の言う、逃げるという選択。それはあまりに薄情で、とても納得できなかった。
「難しい話ですよね。命に関わる判断ですし」
難題とも思える問いをぶつけられては、美月も言葉を一つ考え込んでしまっている。
「どうすれば良かったか。私には、わかりませんけど。シェルターでナンパをされたとき。助けてくれた蓮夜さんの行動は、とても嬉しかったです。だから人を助けようという気持ちは、決して間違っていなかったと思いますよ」
美月が考え出した答えは、胸に刺さるものがあった。
人を助けようという気持ちは、間違っていない。
そうだよな。こんな状況でも人を助けようとすることに、なんの間違いがあるって言うんだ。




