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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第五章 本州上陸

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第333話 人喰いの悪魔18

 ―*―*―ハルノ視点 ―*―*―


「はぁ、はぁ……待て、待ってくれ。謝罪ならする……っ」


 緑の生える菜園の土の上にて、長老は息を荒げて倒れ込む。

 無理もない。八十を超える高齢で、足元はおぼつかず、顔色もすっかり悪い。それでも必死に逃げた。生き延びようとしていたのは、やはり命惜しさだろう。


「どうかしら? 人に追い詰められた気分は?」


 立ちはだかっていたのは、あの少女だった。猟銃の銃口は、躊躇なく長老へと向けられている。


「待って!! そんな人のために、これ以上は手を汚すべきじゃないわっ!!」


 その姿に――思わず声を張り上げた。声が届いたかは分からない。けれど少女の指は、まだ引き金にかかってはいなかった。


「なら、どうすればよいのかしら?」


 少女が顔だけをこちらに向け、真っ直ぐに目を向けて静かに言う。

 怯えも、迷いもない。ただ痛みと怒りと――長く抱え続けた絶望の色が、そこにあった。


「お姉さんは、わかっていないのよ。本当に追い詰められた人の気持ちを」


 少女の言葉の棘は、鋭く胸を貫いた。心情については、鑑みられるところ。

 それでも誰かを殺して、心の空白が埋まるわけではない。そのことをこの子に伝えて、止めるためにこの場に来たのだ。


「あなたたちの気持ちはわかる。……いえ、わかりはしないけど。――それでも、これ以上は罪を重ねるべきじゃないわっ!!」


 張り詰めた空気を割るように、声を荒げる。二人の経験したことを考えれば、わかるとは軽々には言えない。


「思い出してっ!! それが本当に、あなたのやりたいことだったのっ!?」


 それでも心に少しでも届くように、必死に訴えかけた。

 子どもだって大人だって誰にでも、夢があり希望があったはずだ。大きな事ではなく、どんな小さな事でもいい。明日はケーキを作ろうとか、花壇の花が咲くのが楽しみとか。それはきっと人殺しとか歪なものではなく、ささやかでも暖かく光に満ちていたはずだ。


「……施設の大人たちは嫌いだったけど。子どもたちと遊ぶのは好きだったわ」


 沈黙の中で不意に、少女がぽつりと呟いた。その声はどこか、遠くを――過去を見ているようだ。


「足が速かったから、鬼ごっこをしても捕まらなかったの」


 少女の手はまだ引き金に、銃口は下ろされていない。けれどわずかに、その手が震えて見える。


「こんな時間がずっと、続けばと思っていたわ。ゲームやインターネットがなくても、みんな笑顔で楽しんでいたもの」


 少女が語る児童養護施設では、娯楽品はほとんど与えられていなかった。

 しかしそれでも、心を寄せ合う仲間たちの存在。互いに創意工夫をして、満ち足りた時間が確かにあったのだ。


「優しくありたかったの。みんなと一緒に、笑顔で過ごせるように」


 少女の言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられるようだった。声は震えていて、顔にはどこか影を宿した儚さがある。

 その姿があまりにも痛々しくて大人たちは、何をしてきたのだろうと思わずにはいられなかった。


 この子はただ、……当たり前の幸せを願っていただけ。優しさを胸に、誰かと手を取り合って、普通の日々を生きたかっただけ。

 ただ、……それだけの話なのよ。


「まだきっと、やり直せるわ。さあ、手を取って」


 暗い場所から呼び戻すように、そっと手を差し出して促す。

 罪を犯した事実が消えることはない。けれどそれを背負ってでも、もう一度歩き出すことはできるはず。暖かな場所に連れ戻してあげたい――その一心で、この世界にはそうした未来が残っていることを信じていた。


「……」


 少女は何も言わず、じっと手を見つめている。

 その瞳にはほんの少しの戸惑いと、ためらい。けれど同時に、確かに希望の色が混じって見えた。


 ――あと少し。きっと、あと一歩で届く。


「……」


 そう思ったその瞬間に、視界の端で何かがゆっくりと動く。注意が逸れていると判断したか、菜園の土を這うように長老。

 ただ逃げるように、動くならまだしも。一つ凶器となる物が放置されていたこと、それが不運にして不幸の始まりだった。


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