第329話 人喰いの悪魔14
「容赦はいらんっ!! 悪魔を捕えろっ!!」
長老が業を煮やしたようで声を張り上げると、それに応えるように前列の老人が一歩前に出た――そのときだった。
ギィ……と音を立て、白いトラックの運転席のドアが開く。暗闇に現れたのは、あの二人の子どもだった。何の変哲もない小柄な体。だけどその存在だけで、周囲の空気が一気に張り詰める。
「うっ……悪魔ども……!!」
多勢に無勢――人数では圧倒しているはずなのに、老人たちは明らかに怯んでいた。
しかしそれも、無理はない。策を弄しても、正攻法で挑んでも、ことごとく裏目に出てきた相手。苦汁を飲まされた記憶と、失ってきた仲間たちの顔が、今も目に焼きついているのだろう。
「今日までこの集落には、屍怪が少なかったと思いませんか?」
鋭く光るマチェットを肩に担いだまま、少年は全員に向けて言った。
その声に場の空気がわずかに揺れ、不意を突くような問い。誰も即答できず、沈黙が流れる。
「たしかにこの集落に来てから、一度も屍怪と遭遇していないわ」
「ああ。たしかに……それは不自然と思うくらいか……」
ハルノは静かに呟いて、思わず口をついて出る。
屍怪がいない場所など、この世界ではほとんど存在しない。多少は警戒が緩んでいたもののそういえば、ここに来てからは一体も見かけていない。中心部だけでなく、周辺の森や小道にも。それが“異常”であることに、今さらながら気づかされた。
「この集落に出入りするため、出入口となるのは二カ所!! 周辺の街や村から離れ、環境にも恵まれた集落!! この悪魔ども!! 何が言いたいっ!?」
広場中央に進み出た長老は、苛立ちを隠さず声を張る。
この集落に出入りするためには、前後にある二本のトンネルを通るしかない。山越えなんて現実的でなく、立地的には奇跡といってもいいほど屍怪の侵入を防ぎやすい。だからこそ『ここは安全だ』と、無意識のうちに思い込んでいたのかもしれない。
「いくら環境に恵まれていたとしても、あまりに少なかったとは思わないかしら? そうね。例えば――誰かが知らないうちに、屍怪の対処をしていたと思うくらいに」
肩に猟銃をかけたまま少女は告げて、トラックの荷台へと歩いていく。その顔はまるで自分たちがすべてを、把握しているかのように静かで澄んでいた。
「まさか……」
脳裏に冷たいものが走って、警戒心は急速に膨れ上がる。
今までのやり取りから、小型トラックでの登場。策があると言った自信に、このタイミングで『屍怪』の言及。
ありえねぇけど。いや、ありえるのか。
その予感はただの憶測であってほしいと、願う一方。ある一つの可能性が現実味を帯びて、目の前に立ち現れようとしていた。
「さあ――お目見えよっ!!」
少女は叫びながら、勢いよくトラック荷台の扉を開け放つ。その瞬間すぐ目に映ったのは、血と肉の腐臭を漂わせながら飛び出してくる“それ”だった。
――屍怪!!
くぐもった唸り声と共に、よろめくように姿を現す異形の存在。
目を見開いて、立ち尽くす。まさか本当に、屍怪を連れて来るなんて。
「マジかよ……!!」
呟きをかき消すように、隣のトラックの荷台も開放される。
そこからも次々と屍怪が這い出し、二十体を超えるそれらの群れ。まるで血に飢えた獣のように、広場へなだれ込んでくる。
「ぎゃあああっ!!」
「助けてぇ、助けてくれぇ!!」
悲鳴が次々と上がり、広場は一瞬で地獄と化した。
老女が足を取られて押し倒され、老人が必死に振るう槍はあっけなく落とされる。猟銃の発砲音が混じるも、それすら追いつかない。屍怪は瞬く間に生存者たちを襲い、地面は血と肉片で染まっていく。
これが――言っていた“策”。
拳を強く握って、目前の光景に言葉が出なかった。今までも見てきた地獄を、集落に再現すること。それが二人で考え、導き出した答えだというのか。
「どう考えたって……やり過ぎだ……」
眼前に広がる惨劇。噛みちぎられた喉、引き裂かれる腹。そんな地獄を前にして、言葉を絞り出した。
屍怪を役場に連れ込んで、解き放つだなんて。そこにためらいなんて微塵もなく、ただ徹底している。やるなら、すべてを潰す。そういう意志が、背筋を凍らせた。
「ハルノっ!? 二人はっ!?」
煙と炎に包まれはじめた広場で、少年少女を見失っていた。
「わからないわっ!! 長老もよっ!!」
すぐ隣にいるハルノは、辺りを見回しながら答えた。
混乱で倒れた松明の炎が建物に、役場をも包み込みはじめていた。火の粉が宙を舞い、焦げた木材の匂いが風に乗る。
「長老がいたわっ!!」
ハルノが先んじて発見したようで、叫び声を上げて指差す。視線を向けると、一目散に役場へ走る影。そこに、ひとり駆ける長老の姿が見えた。
夜襲を止めようとしていた想いは、もう手遅れとなったのかもしれない。けど、それでも――これ以上は。罪を重ねさせることを、防ぐことはできる。




