第328話 人喰いの悪魔13
―*―*―蓮夜視点 ―*―*―
「どうだ? 悪魔どもは見つかったか?」
役場に戻るなり広場の焚き火前で、丸山さんに呼び止められた。
腕を失ってなお、目に宿る怒りの火は消えていない。かつてあの少年少女に襲われた過去――その傷は、肉体だけでなく心にも深く刻まれているのだろう。
「……一度は遭遇しました。ただ、実は――」
聞かされた衝撃の話を整理しながら、言葉を選んで説明をすることにした。
「施設内で体罰や虐待を受けていたと話していました。集落の人たちは逃げてきた子どもたちを助けず、児童養護施設に通報をして引き渡し隠蔽。その見返りとして、金品や接待など報酬を得ていたらしいです」
何も知らぬ話だったようで、すぐに困惑へ変わる。
「……そんなことが、あったとは」
表情を一瞬だけ硬直させて、ぽつりと漏らすよう丸山さん。
集落での丸山さんは主に農作業を一人でこなし、揉め事を避けて最低限の人付き合いしかしてこなかった。だからこそ裏でそんなことが起きていたとは、気づきようがなかったのだ。
「二人が夜襲に来る前に、長老にも確認してみましょう」
ハルノの瞳は静かに、けれど確かな意志を宿していた。
ハルノの隣で背筋を伸ばし、まっすぐ役場の奥。長老の部屋へと、二人で歩を進めていく。
「ダメだ!! 長老は夜襲に備えて、今はお休み中だ!! ご自分でお起きになるまでは、面会は禁止だっ!!」
しかし重厚な木の扉の前に立ちはだかった老人は、取り付く島もなく有無を言わさず遮ってきた。
「何よっ!! 少しくらい、話を聞かせてくれたっていいじゃないっ!!」
門前払いとする対応に、ハルノは声を荒げている。
あの少年少女が語った"過去"――それが事実なら、そこには深い闇が眠っている。それを確かめる唯一の手がかりは、長老の記憶だった。
「……仕方ない。夜には話が動くんだ。夜襲に備えて、俺たちも少し休もうぜ」
しかし成す術もなく、退くしかなかった。
それでも驚くほど、冷静でいられている。真実を知ることに意味があるとわかっていても――それだけでは、あの二人を止めることはできない。そう、わかっていたからだ。
***
坂ノ上役場と周囲に広がる広場には、松明の灯りが点々と揺れている。炎は夜の冷気を押し返し、薄暗さをかき分けるようにして光を投げかけていた。
例の少年少女の語った話――それが真実か否か、長老に面会を求めるもあっさりと拒絶されてしまった。それでも来ると宣言された夜襲に、今は備えるしかない。広場のあちこちには老人たちが手作りの槍や猟銃を手に立ち、老婆たちは役場内で夜食を作っている。集落全体がいつ始まるとも知れぬ戦いに備えて、静かに息を潜めている感じだ。
「……これだけ準備をしているところに、本当にノコノコやってくるか?」
役場の前に据えられた木のベンチに腰掛け、先の展望を危惧して問いかけた。
「単純に二人で来たら、針のむしろでしょうけど。策があるって言っていたから、その策が何かによるわね」
ハルノは横に立ったまま、夜の闇を睨むように言う。
あのとき公園で見た二人の目――あれは、単なる狂気や遊戯心ではない。あの目を知っている、それは覚悟を決めた者の目だった。
「……車? 車なんて、来る予定あったのかよ?」
役場入口前――広場の奥に差し掛かるあたりで、ベッドライトの白い光が闇を裂くように近づいてきた。
不意に現れた光に、思わず身を起こす。こんな時間に車が来るなんて、まったく聞いていない。
「……なんだか少し、騒がしくなってきたな」
検問のために数人が動き出し、広場前方へ向かっていく。
外出していた仲間が戻ってきたのか。一瞬そうも思ったものの、どこか空気が違っていた。誰も慌てた様子はなく妙に沈黙していて、――何かがおかしいと本能が告げている。
「悪魔だっ!! 悪魔が来たぞっー!!」
検問をしていた老人のひとりが、突如として叫び声を上げた。同時に白い小型トラックが二台、連なるようにして広場へ滑り込んでくる。
四方を金属の壁で囲った、箱型の荷台。トラックで侵入すること、少年少女の言っていた“策”なのだろうか。
「備えろっ!! 備えろっ!! 奴らの勝手を許すなっ!!」
役場の前で長老が叫び、手にした杖を高く振る。
その号令と同時に槍を構えた老人たちは、円陣を描くようにトラックを囲む。老婆たちも役場の影から身を乗りし、やがてトラックは広場の中央に停車した。
……何も起きない。――いや、それはない。
――どう動く?
どこの扉も開かず、エンジン音すら止まり、ただ静寂だけが広場を支配していた。
不穏な沈黙。逆に神経を削っていく中で、答えはまだ誰にもわからない。




