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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第五章 本州上陸

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第324話 人喰いの悪魔9

「そんな施設だったから、当然、脱走する子も多かったわ」


 少女は小さく肩を揺らしながら、思い出の底から声を掬い上げている。自分が語るというよりも、そんな口調だった。


「でも……近くには、他の街や村なんてなかったの。だから逃げた子はみんな、最後にはあの集落に助けを求めるしかなかったわ」


 少女が思い返して語り続ける中で、喉の奥で何かが引っかかった。


「……それで?」


 声が震えないように、必死で絞り出す。


「そのとき集落の人たちがしたのは施設への通報と、子どもたちの引き渡しだったのよ」


 少女は怒りや憎しみの色を抑え、ただ事実を伝えるよう静かだった。

 誰かに救いを求めて、それが最後の希望。それでもその先に、待っていたのは絶望。


「体罰や虐待のことを知っていても、彼らは見て見ぬふりでした。いや、それどころか……施設側に、積極的に協力をしていたんです」


 次に口を開いた少年は、抑え込んだ声音。だがその裏には、深く根を張った怒りが潜んでいるのがわかる。

 坂ノ上の役場の上役たちは、施設の人間と繋がっていた。通報や引き渡しの“見返り”として、接待や金品を受け取っていたとの話だ。


 そんなことが、本当にまかり通っていたのかよ。


 話の情報源に関しては、しっかり裏も取れているらしい。

 助けを求める子どもたちの、その手を無慈悲に払いのけるなんて。全て裏切られたかのよう印象で、対応に怒りさえ覚えた。


「終末の日からは、特に酷かったわ」


 遠くを見つめるような視線で、少女は儚げにぽつりと呟いた。目の奥に宿るものはきっと、過去の光景を刻み込まれた者のそれだろう。


「職員たちは自分たちの分だけ、食料を確保するようになったの。子どもたちは鉄格子のついた教室に幽閉されて、あれはもう人扱いなんてされてなかったわ」


 少女が語るのは息を呑むことすら、ためらわれるほどの現実。


「日に日に減っていく配給に、何日も何も食べられない日々」

「食い扶持を減らしたかったのでしょうね。ついには、餓死者が出るほどだったわ」


 少年は一つ一つ言葉を語り、少女の発言が耳に突き刺さる。

 二人の発言には、装飾も嘘もない。ただ事実として、そうだったと静かに語られている。


「そして、我慢の限界が訪れました」

「食料を巡って、殺し合いが始まったの。……子どもたちの間で」


 黒い瞳を輝かせて言う少年に、少女の声も落ち着いている。どこか氷のように冷たい態度で、背筋に冷たいものが走った。

 子どもたちの間で殺し合い。それは血で血を洗う地獄で、人間の底が剥き出しになるような惨劇だったに違いない。逃げ場のない施設の中。誰もが飢えに追い詰められ、狂気の淵に立たされていたのだ。


「そして生き残ったのが、ボクたちです」


 淡々と言う少年のそれは、きっと強がりでも勝ち誇りでもない。どこまでも静かな、事実の提示だった。

 一線を越えたあとからは、意識が徐々に麻痺していったと語る。地獄のような環境を生き抜いた子どもたち、まともな感覚を持てなくなっても無理はない。


「子どもの数が減っても、食料は足りなかったのよ」


 少女はとても静かに、でも確かな重みで言った。目を伏せるその姿は、記憶の底から引きずり上げられるような苦しさを滲ませている。


「猛烈にお腹が空いて、頭の中がぐらぐらして……そして、わたしたちは――食べたわ。人を」


 少女からその言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた気がした。

 冗談でも比喩でもない。生き延びるために、やむを得なかったのだと、少女は語っていた。仕方のなかったことだと、そう自分に言い聞かせるように。微かに揺れたその声が、それを物語っていた。


「……もしかして、食堂に積まれていた骨って……?」

「児童養護施設で育った、ボクらの友人たちです」


 施設内に思い当たる節があって問い、少年はふいに口を開いて答える。

 想像しただけで、吐き気がこみ上げてくる。生きるために自分の手で命を奪い、それを口にした子どもたち。彼らの置かれた状況と乗り越えてきた状況は、まさに想像を絶する過酷なものだった。


「最後には、職員たちを殺したわ」


 まっすぐ目を見て言う少女は恐ろしい話なのに、その瞳には一点の曇りもなかった。


「だって彼ら、わたしたちを殺すつもりだったもの」


 様子を見に来た職員たちを不意に襲い、主導権を奪って殺したという少女。

 食料として。処分対象として。友人たちを殺して喰らった二人には、もはや何も躊躇いはなかったのだ。


 少なくとも……もうこの時点で、二人は普通の人間ではなかったのかもしれない。


 話を聞いて理解していく中で、心の内で密かに思う。

 殺した。食べた。友人も、知っている顔も。それでも生きるために。やむを得ない状況と二人を、責められるものではないのかもしれない。それでもこの時点で人として、狂い始めてしまったのは否定できないだろう。


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