第322話 人喰いの悪魔7
坂ノ上役場から坂道を下り立ち寄ったのは、騒動となり巻き込まれたガソリンスタンド。今では雑草がアスファルトの隙間から顔を出し、無人のまま時が止まっているようだ。
さらに坂道を下ると、錆の目立つ滑り台。風に揺れるブランコが寂しげに佇む、静寂に包まれる公園が現れた。
「集落の周辺は、みんな探しているだろうし。簡単に見つかるわけもないよな」
「でも、諦めるわけにはいかないわ。あの子たちが今のような状態になったのは、間違いなく何か理由があるはずよ」
青い草の生える公園にて周囲を見渡し言い、それでもハルノは固めた意志を崩さない。子どもたちの境遇や考えを理解し、ハルノは対話での解決を望んでいた。
「夜まであと数時間か。もっと集落の外側まで、足を伸ばしてみるか」
ブランコに腰を下ろし一漕ぎしては、錆びた鎖が軋む音を立て身体が前後に揺れる。
滑り台の前に立つハルノの姿に目を向け、ふと背後に何かが動いたような気がする。確実な違和感を覚えたとき、背筋に冷たいものが走った。
「ハルノっ!! 後ろだっ!!」
滑り台の裏に人影を視認して叫ぶも、一足早くマチェットを持つ少年が現れた。
ハルノの首元にそれを突きつけると、続いて現れた少女が猟銃をこちらに向ける。二人の動きは音もなく、まるで影のような静けさだった。
「おとなしくしていただけますか? 少しお話をしたいだけなので、従ってもらえれば危害を加えるつもりはありません」
少年の声は落ち着いていて、どこか大人びている。抵抗できる状況になければ、やむなく手を挙げて降伏の意思を示すしかない。
「理解が早くて助かります」
微笑みながら言う少年の笑顔には、年相応のあどけなさが残っていた。
「なぜ俺たちと、話そうと思ったんだ?」
役場の人間とは問答無用で戦闘になったと聞くも、少年少女の二人は話し合いを望んでいるようだった。その柔和な姿勢に、集落の人々とは異なる印象を受ける。
「そうね。お兄さんとお姉さんからは、集落の人たちと違う匂いがしたの」
少女は銃口を突きつけながらも近づいてきて、ブランコの前で四人が集まる形となった。
「匂い?」
根拠が感覚的なもののようで、思わず疑問を呈してしまう。
「ええ。集落の人たちからは、狩るという気配が溢れ出ているわ。でもお兄さんとお姉さんには、そういった気配を感じなかったの」
口元を緩めて言う少女の根拠は、とても曖昧なものであった。
しかし野生的な勘なのか、はたまた空気を読む洞察力か。捉えている本質に、間違いないのもまた事実だ。
「それで……話って?」
ハルノはそう訊ねるときも、両手は上がったままだ。だがその声には怯えや迷いはなく、まっすぐに相手を見据える芯の強さがあった。
しかしそんな隣で、密かに息を呑む。少女の持つ猟銃の銃口は、いまだこちらに向けられたまま。それでも彼らの目には敵意よりも、何かを確かめようとする色が濃く浮かんでいた。
「以前した質問に、答えてもらおうと思って」
マチェットを構えた少年がそう切り出し、静かな口調にどこか大人びた印象を受ける。その眼差しは年相応の、迷いや渇望を孕んで見えた。
「どうして人は、人を殺してはいけないんですか? その答えを教えてください」
投げかけられた質問に、思わず喉が鳴った。
初めて出会ったときに、試すように投げかけられた言葉。頭の隅で考えていたことを、言葉を選びながら慎重に口を開く。
「……法律で決まっているから。自分が殺されたくないから。自分が生きたいから。人権で保障されているから……」
並べられるのはどれもこれも、どこかで聞いたような理屈ばかり。
頭ではわかっている。けれど、どれも核心を突いてはいない気がした。
「ともかく人が人を殺さないのは、人間社会で生きていたら普通のことだ」
自分でもその言葉に、どれほどの説得力があるか疑わしかった。
生きるためなら人は、牛も鶏も平然と殺す。命の線引きをどこでしているのかなんて、誰にも明確には語れない。




