第319話 人喰いの悪魔4
「トモキが死んだってっ!? んなの、信じられるわけねーだろっ!!」
役場での説明を終えて外へ出た途端に、トミぽよは怒りを爆発させた。
「でもあの怪我なら、早く治療をしねぇと」
内臓を大きく損傷したわけではないから、すぐに死ぬというものではないだろう。
「そうね。生きていたとしても、長くは持たないわ」
しかしそれでも適切な治療をしなければ、時間の問題だとハルノも同意する。
「でも長老の言っていたことが本当なら、トモキもうは……」
ハルノが言葉を詰まらせるのは、先ほどの不吉な発言あるから。
長老の発言から受けた印象は、よほどの相手なのかもはや手遅れ。それにどこにいるのか居場所もわからず、これからどう動くべきか定まらない。
「まだ殺されてはいない。あの悪魔どもは、新鮮な肉を求めている。手首を切り落としたからといって、すぐに殺しはしないんだ」
役場入口となる階段の隅に座って、黒いフードを被った男が割って入ってきた。長袖の黒いパーカーに青いジーンズを着用し、その顔は隠されており全く見えない。
出てくるのを待っていたという男は、丸山と言い五十三歳で集落では最年少。しかし、どうにも深い因縁があるとの話だ。
***
役場敷地内の隅に佇む小屋は、まるで時の流れから取り残されたような存在だった。外壁は風雨に晒されて色褪せ、木材の節々には苔が生え、所々にひび割れが走っている。扉は軋んで開けるたびに金属音が耳に刺さり、足を踏み入れると埃と油の混じった独特の匂いが鼻をつく。
中央には小さな木製の机が一つ、周囲にはスコップやママさんダンプ、棚にはペンキ缶やポリタンクが雑然と置かれていた。工具セットや長靴も無造作に積まれ、典型的な物置小屋の様相を呈している。
「すぐ殺されていないって、その根拠はなんなのさっ!?」
トモキの安否を案じるトミぽよは、食い下がるように問い詰めた。
「根拠か……。根拠はこれだ」
丸山は静かにフードを脱ぎ、その素顔を晒した。
短く刈られた黒髪には白髪が混じり、無造作な髪型が彼の無骨さを際立たせている。深く刻まれた皺が目元に集まり、その鋭い視線は太陽さえも睨み返すかのようだ。その眼差しには強い意志と頑固さ、そして厳しさが滲み出ていた。
「その左腕。……どうかなされたんですか?」
先んじて気づいたハルノは、視線を向けて問いかけた。
パーカーの袖が垂れ下がり、左腕部分の中身がないように見える。丸山がゆっくり袖を捲ると、やはり肘から先は存在しなかった。
「あの悪魔たちに捕まり、そのときに左腕を持っていかれたんだ」
低く静かな声で語る丸山の顔には、厳しさが浮かんでいた。
捕まった際に左腕を斬り落とされ、目の前で焼かれて食べられたという。しかし絶望的な状況下でも諦めず、隙を突いて命からがら逃げ切ったらしい。
「焚き火の前で左腕を貪る奴らの顔を、今でも毎晩のように夢に見る。あの悪魔どもに復讐するためなら、残りの人生すべてを賭ける覚悟だ」
声を低く言う丸山の瞳には、燃えるような決意が宿っている。それは復讐を成すための執念か、気圧されるような迫力があった。
「なら、トモキにもまだ希望があるのか?」
右手を斬り落とされたのは目撃したものの、致命傷を与えられる場面は見ていない。
むしろ気絶をさせられ、連れ去られるようだった。丸山の言う通り、あえて生かして運んだと考えるほうが自然だ。
「その悪魔たちは、どこにいんのさっ!? 見つけ出したらヤバいくらい、全力でぶっ飛ばしてやるからっ!!」
震えながら詰め寄るトミぽよの目には、怒りと焦燥が入り混じっている。
自分の左腕を持っていかれ、復讐心に駆られる丸山。二人の事を追いかけているのならば、心当たりがあっても不思議はない。
「奴らはまさに、神出鬼没。どこから現れて、どこに住んでいるのか。今日まで追いかけても、その正確な居場所は掴めていない」
丸山は悔しそうに、眉をひそめて言う。復讐心に駆られる彼からして、居場所を知っていればとっくに急襲しているだろう。それでも何度となく集落を訪れることから、どこか近くに潜んでいるのは間違いないらしい。
「本当に、少しでも心当たりはないんですか?」
一度は弾かれてしまった質問も、諦めずにハルノは再び尋ねた。
完全な情報でなくとも、何かの手がかりでもいい。土地勘もなく当てもないから、まさに藁にもすがる思いだった。
「今は誰も住んでいないが、奴らがいたとされる施設がある」
過去の記憶を追うように遠くを見つめ、静寂を切り裂くように丸山の声は響いた。
集落の奥地と山の中には、児童養護施設があったと言う。終末の日より前は稼働していて、当時は多くの子どもがいたらしい。
「他に当てのある場所もねぇし。行ってみる価値はゼロじゃないよな」
過ごしてきた時間があるのならば、万が一にも戻っている可能性は否定できない。
仮にいないとしても、何かしらの手がかり。今は廃墟と化しているというものの、痕跡が残されていても不思議はない。




