第317話 人喰いの悪魔2
―*―*―ハルノ視点 ―*―*―
「青森から出たことなかったっすけど、意外と余裕な感じっすね」
ガソリンスタンドの外を歩くトモキは、頭の後ろで手を組みながら言う。その表情はリラックスしており、周囲の風景を楽しんでいるようだった。
山を切り開き低い土地に、作られたこの集落。一本の国道が大動脈のように通り、その両側に建物が点在していた。右手の上り坂には民家が点在し、左手の下り坂には公園が見える。町や村と比較しても小さく、全世帯で百くらいだろうか。
「言ってもまだ岩手じゃん。早くウチらに似合う、都会に行きたいわ」
バイクの後部座席に座るトミぽよは、手鏡に映った自分の姿を見ながら言う。
自分の姿とにらめっこをして、周囲を気にかける様子は全くない。土地勘なく勝手の知らぬ土地で、何が起こるかわからない状況。無防備な態度に不安と、不用心さに理解をできなかった。
「多少は気を抜いたり、会話をするなとも言わないけど。最低限の警戒だけはしてね」
二人の態度に意識の低さを感じては、やむなく注意をする形で促す。
本来ならば蓮夜と二人で、東京を目指していた旅。トモキにトミぽよという同行者とは、根本的な意識の違いが生じていた。
「真面目っすね。ハルノさん」
「言ってもハルぴょん。周囲は始めに見回ったし、人のいないこんな場所に屍怪は来ないよ」
注意をしてもトモキとトミぽよは、真に受けていないのか楽天的だった。
しかし屍怪はその場に留まっているものではなく、対策ない外に安全な場所など存在しない。安全エリア外では最低限の緊張感を持ち、常に警戒を怠ってはならないのだ。
***
「真面目なことは、とても良いと思いますよ」
まるで空気を切り裂くように、静寂の中に幼い声が響いた。
トモキの後ろに立っていたのは、小学生の高学年くらいか少年。おかっぱ頭の黒髪に、大きく無垢な瞳。襟元に白と赤のラインが走る黒のフォーマルスーツに、黒白灰茶の四色が使用されたチェック柄のネクタイ。その整った制服と佇まいは、品の良い小学校にある様のようだ。
「うおっ!! 坊主!! どこから現れたっ!?」
トモキは驚きのあまり後退し、声を上げて追求をしている。それは警戒していたところ、突如として背後に立っていたからに他ならない。
無垢に見えながらも、底知れぬものを感じさせる瞳。引き込まれるような存在感は、心が落ち着かない不気味な印象を持った。
「何? 地元の子?」
トミぽよは少年が何者なのか、疑問を持ち素性を尋ねる。
しかしこの終末世界おいて、子どもが一人で出歩くことは極めて危険。そのため少年の存在には、違和感を覚えざるを得ない。
「お兄さんたちは、どこから来た人? 見かけない顔だから、この集落の人ではないよね?」
少年は質問には答えず、逆にこちらへ問いかけてくる。
見知らぬ大人たちを前にしても、冷静で落ち着いた態度を崩さない。その姿は子どもらしからぬ、異質な雰囲気を醸し出していた。
「おいおい、坊主。先に質問したのは、こ・ち・ら・側。答えることなく質問なんて、親はどういう教育をしてんだ?」
トモキは少年の頭に手を乗せ、ぐりぐりと押しつけるようにして言葉を重ねる。声は少し上擦って威圧するように、優位性を意識して下に見ている態度だった。
しかし少年は身動き一つせず、ただじっと黙ってトモキを見上げている。その顔に浮かぶ微笑は、まるで仮面だった。幼い顔立ちの奥に、何か違うものが潜む。そう、本能が警鐘を鳴らしている。
「どうしましょうっ!? 少し礼儀でも教えてあげますかっ!?」
こちらを見やるトモキの顔は、いつもの軽さと無遠慮な明るさで彩られている。
しかし少年から目を離したこと。それは取り返しのつかない、人生で最大の失着となるのだった。
「あっつ!!」
叫び声とともに、トモキが後ずさる。
何が起きたのか一瞬、誰も理解できなかった。だが赤い雫がぽたぽたと地面を濡らし、反射的に息を呑むしかできない。
「んっ!? うわあああっ!! オレのっ!! オレの腕があああっ!!」
右手の手首から先を失ったトモキは、崩れ落ちるように膝をついた。
顔は恐怖に引きつり、歯の根が合わないほど震えている。血は止まることなく流れ続け、赤い斑点が彼のシャツとパンツを染めていく。
「どうしたっ!? ハルノ!? 何かあったのかっ!?」
ガソリンスタンドの建物から、叫びに応じて蓮夜が飛び出してくる。
「蓮夜っ! 来ないでっ!」
咄嗟に叫んでいたのは直感が、全身を駆け巡って危機を告げていたから。
立ち止まった蓮夜の視線は、叫びの先にある光景へ注がれる。トモキは腕を押さえたまま地面に崩れ落ち、バイク後部座席のトミぽよは呆然としている。彼女の唇は微かに震えていて、何も言葉を発せず動揺は明らかだ。
……笑っているわ。
少年が持つマチェットからは血が滴り、トモキの右手を断ち切った凶器であることは明白。
しかし何より衝撃的だったのは、中心に立つ少年の表情。無垢な天使のように笑顔で、まるで惨劇を楽しむように。それはやはり、ただの子どもではない。見た目こそあどけなくとも、その瞳の奥には人間の常識では量れない何かがある。屍怪とはまた違う、圧倒的な敵意を感じた。




