第315話 腹の内
「忘れ物はない?」
翌日の朝となり出発を前にして、ハルノは顔を向け問いかけてくる。
「ああ。いつでも出発できるぜ」
リュックをバイクの後部に乗せ、荷造りも終えて準備万端。運転席に座りエンジンを起動すれば、今すぐにでも東京へ向かえるはずだ。
「あれ? そういえば二人は?」
「……おかしいわね。さっきまでいたはずなのに」
朝食を共にした二人の姿が見えず、ハルノも首を傾げている。
「一泊だったけど、世話になったから。最後に挨拶くらいはって、思っていたんだけど」
周囲を見渡してもあるのは、廃バスとその前に焚き火セットだけ。焚き火セットは昨日も食事をするのに、今日の朝食時に使用された。
「トモキが言い出しなさいよ」
廃バスの影から背中を押して、リュックを背負ったトミぽよが現れる。
「あはは。あの実はオレっちたちも、東京へ行こうかなぁ。なんちゃって」
背中を押され前に出たトモキは、半笑いで軽口を叩くように言った。
冗談で言っているのか、本気か。態度から真剣さは感じられず、一言一句が疑わしいものだった。
「何をしに、どうやって行くんだよ? 青森から東京までは、かなり遠いと思うぜ」
「実わぁウチらも、いざってときのためバイクを準備していたの」
発言の意図を読めずして質問をしてみれば、移動手段に関して抜かりはないとトミぽよは言う。
「……本気なの?」
「本気と書いておおマジ!! 実は以前から考えていたんっす!! 知っての通り周辺に食料はなくなって、このままでは保たないって話してたっすからっ!!」
ハルノが意志を確認するように問えば、勢いづくトモキたちも考えていたらしい。
「東京へ行けば、きっと食料もあるじゃん。それに最新のアクセとか、化粧品だって欲しいし」
「流行りの服とかもあるっすよね!? てかオレっちたち、東京へ行くのは初めてなんす!!」
トミぽよは目を輝かせながら、トモキは興奮気味に声を弾ませる。
二人の発言はまるで、修学旅行を前にした学生の様。屍怪いる終末世界の現実とは、完全にかけ離れていた。
「そんな考えでは甘いと思うぜ。てか二人は戦えるのかよ? 屍怪を相手に逃げるのは構わないけど、戦いが避けられないときは絶対にあるぜ」
「まあ、なんとかなるっすよ。今日までもなんとかなっていましたし。それでもいざってときは、蓮夜師匠お願いしやっす!!」
眉をひそめ真剣な口調で指摘しても、トモキは軽く敬礼しながら笑顔の対応だった。
「今のような意識では危険よ。旅は甘くない。何度も注意しているけれど、それでも行くというの?」
軽率な態度を見兼ねたハルノも、厳しい表情で指摘をする。
「最悪は見捨ててくれても構わないっす!! それくらいの覚悟で、付いて行くつもりっすから!!」
しかし発言するトモキを含めて、二人の意志は固かった。
「本当に知らないぜ。何があっても」
何度となく注意を促しても、引くことをしない二人。深いため息をつきながら、決意を受け入れるしかなかった。
***
「実は昨日の夜。二人が話しているのを耳にしたの」
ハルノは静かに近づき、低い声でゆっくりと告げる。その表情には、わずかながらも警戒心が滲んで見えた。
「ここでの生活も、そろそろ限界だ」
「二人に付いていったとして、ウチらでなんとかなる?」
夜の廃バスの裏手に回っては、トモキとトミぽよの声が交錯していた。焚き火の残り香が漂う中で、焦燥と期待が入り混じっていたらしい。
「人が良いというか、甘そうな人たちだから。見捨てるような真似はしないしょっ。突き放すようなことを言われても、粘ればきっと押し通せるって」
話しをするトモキの声には、計算された自信が感じられる。
今日の会話は昨夜に、小耳に挟んだもの。符合する点が多くやはり、事前に練られた台本のように滑らかだったらしい。
「東京か。ウチは欲しい最新のアイテムがあったのよね」
「ああ!! 東京へ行けばきっと、オレらも一花を咲かせられるって!!」
トミぽよとトモキの言葉には現実の厳しさより、東京という都市への憧れが色濃く表れていたとの話だ。
「下手に出ていたとしても、人の真意はわからないものだな」
焚き火の残り火を見つめながら、突きつけられた現実に呟く。頼られていると思っていた二人の行動は、実は計算されたものであったこと。当てにして利用する算段に思えては、心の奥底でわずかな痛みと疑心感を抱いた形だ。
表面上では気さくに笑って見せても、腹の内では毒づき怪訝な顔をしている。他人を信頼し期待する行為は、時に脆くそして危ういもの。心の奥底に潜む思惑を見抜く難しさを、改めて痛感する一幕となった。




