第314話 ドル箱
「二人はすぐに食料を運んでくれ!! 屍怪犬は俺が引きつける!!」
やむなく再び声を張り上げては、二人に対して指示を出した。ハルノとトミぽよは驚いた表情を見せるも、すぐに状況を理解したようだ。
「引きつけるって、蓮夜!! 刀の使用は難しいわよねっ!? どうするつもりっ!?」
不安気に問いかけるハルノの言う通り、台や椅子が密集をするパチンコ店内。決して刀を振るうに適した場所ではなくも、今はそんなことを言っている場合ではない。
「わからねぇけど、なんとかする!! じゃねぇと、囮役を引き受けたトモキに合わせる顔がない!!」
リスクを冒してまで囮役を担ってくれたのに、ここで足踏みをしては努力が無駄になってしまう。
それに食料の確保は、今後の生存に直結する。今は何としてでも、運び出さなければならないのだ。
「ちょっ、蓮夜!!」
ハルノは叫んで制止しようとするも、構わずに振り切って前へ出た。
***
景品コーナーの周辺は、刀を振れそうだったけど。
ハルノとトミぽよがいるし。屍怪犬が二人に向かうことを考えれば、あの場所で戦うのは得策じゃない。
唯一かもしれない広い空間も、リスクを思えば避けざるを得ない。ハルノとトミぽよの二人には、食料の確保に時間を稼ぐ必要がある。
後ろを追ってくるのは、異形と化した屍怪犬。開けている空間から、台の並ぶ通路へ逃げ込んだ。
「何か、……何か手はないのかよ」
背後を気にしつつも今は、パチンコ台に挟まれた通路を走る。
そんな中でも打開策を探して、思考を止めず周囲を見渡す。左右にあるパチンコ台には、【確率変動90%】の看板が刺さる。何も見出せぬ中でも走り続け、店内中央付近だろう横に広い通路へ出た。
「ガウガウッ!!」
背後を見れば横にフラフラと、椅子にぶつかりながら迫る屍怪犬。狭い通路で走り難いのか、通路をまだ中央ほどの位置にいる。
「何か現状を変えられる物は……」
刀を振り回せそうな空間でもなければ、僅かに動きを遅らせられる物でもいい。
そんなときパチンコ台の前にて、置かれているドル箱に目が向く。中にはビッシリとパチンコ玉が詰められ、これは使えると判断して手を伸ばした。
「なろぉ!!」
ドル箱をひっくり返すと途端に、パチンコ玉が床一面に散らばった。銀色の粒は四方八方に広がり、屍怪犬の足元へも転がっている。
角台付近にはまだまだ、パチンコ玉の入ったドル箱。手に取っては追撃とばかりにひっくり返し、銀玉はコロコロと屍怪犬の元へも向かっていく。
「キャウウンッ!!」
数ある銀玉の幾つかに足を取られ、屍怪犬は転ぶと椅子に頭を打ちつけた。
球状であるから摩擦力は少なく、踏めば足元が定められぬパチンコ玉。四足もあれば一帯に広がる銀玉を避けられず、何度も踏んでは身動きをとれずにいた。
よし、上手くいったぜっ!! この隙にハルノたちと合流して、ここから撤退しねぇと。
「蓮夜!! もう大丈夫よっ!! 早く行きましょう!!」
隣の通路から迂回する形で戻れば、出口方面からハルノが声をかけてくる。食料の確保は二人によって、すでに最低限を終えているようだ。
しかし何も持たずに撤退するのは、労力を払っているから口惜しい。近場にあるカップ麺を一つ、手に取って出口へと向かう。パチンコ店から外へ出ては、駐車場に置かれた戦利品。カゴに入れられたお菓子類や缶詰にレトルト食品と、十二個入りのカップ麺が箱で置かれる。三人で揃ってそれらを持ち抱え、バスのある拠点へと走り始めた。
***
「久しぶりのカップ麺!! マジヤバくね!!」
「美味いっ!! 美味いっす!! もう本当に、涙が出そうっす!!」
トミぽよとトモキはカップ麺を手に、喜びに震えて涙さえ流していた。
パチンコ店から持ち帰った食料は、カップ麺やインスタント麺。エナジーバーにビスケットなど、腹を満たすには十分な量だった。
「パチンコ店にはまだ食料があったけど、屍怪犬がいて今回はこれが限界だったんだ」
「十分っす!! 今は本当にこれで、とても満足っす!!」
成り行きと成果について説明をすれば、食事の最中もトモキは感謝の意を示していた。
トモキは囮役として川を泳いで逃れ、屍怪は流れに飲まれて沈んでいったという。結果としてはほぼ同時に、バスある拠点に戻ってきたのだ。
「四人だから、食料はきちんと半分ずつ。これで私たちは、先に進めるわね」
ハルノは得た食料をリュックに詰め、すでに先へ旅立つ準備をしていた。
「えっ!? どこかに行くんっすか?」
食事に夢中だったトモキは箸を止め、驚いた表情でこちらを見つめている。
「そういえば、言ってなかったか。俺とハルノは、東京を目指して旅をしているんだ。北海道からだから、つい先日に海を渡ってきたんだぜ」
初めて出会ったコンビニ前の出来事から、食料を求めての探索中だと思っていたのだろう。それに東京を目指して旅をしているなど、普通は思いつき考えもしないことだ。
「海を渡ってっすか!!」
「北海道からとか、この終末世界に!? 飛行機や船も運行していないはずなのに、マジでヤバくねっ!?」
明らかな驚きの顔を見せるトモキに、トミぽよも負けじと声を上げていた。
「今日はここで一泊させてもらったとしても、明日には旅を再開させるつもりだ」
目的地が決まっているからこそ、足を止めているわけにはいかない。
旅をしての出会いは、まさに一期一会。それでも前へ進むのに、別れを避けることはできないだろう。




