第308話 廃バスハウス
「ふぅ。なんとか一段落したな」
肩の荷が下りたような感覚で、安堵してほっと一息をつく。
路上に横たわる屍怪の数は十二体ほど。車の間を縫って進行してきたため、各個撃破が可能だったのは幸いだった。
「助けてくれて、サンキューっす!! お二人の強さ、マジでハンパねぇ!! 超リスペクトっす!!」
ギャル男風の男性が頭を下げ、羨望の眼差しを向けてくる。
「ちょっと、トモキ!! あんたのほうが年上でしょ!? 本当に格好が悪くて、超最悪なんですけど!!」
仲間の不甲斐なさに格好がつかないと、ギャル風の女性は不機嫌そうに指摘していた。
「年上とか関係ねぇって!! 見たろっ!? このお二人の強さっ!? どうかお礼をさせてくださいっ!! このままお二人を行かせたら、オレっちにとって生涯の恥っす!!」
トモキと呼ばれたギャル男風の男性は、感謝の気持ちを強く全面的に表している。
「どうする、ハルノ?」
「そうね。今日の寝床も、まだ決まっていないし……」
判断に困って意向を尋ねれば、ハルノも悩んでいる様子が伺える。
食料や寝床の確保も、ままならない状況。成り行きで人助けをしたものの、これ以上他人に構う余裕はないかもしれない。
「それならオレっちたちの寝床に来てください!! 郊外にある廃バスに住んでいるんっすけど、それなりに広い場所っすから!! 二人くらいなら全然余裕で寝られるっす!!」
しかし話を聞いていたギャル男のトモキは、力になれるとより堅調に積極的な姿勢だった。
「どうする?」
「そこまで言われたら、せっかくですし。お言葉に甘えましょうか」
再び判断に困って尋ねれば、少し考える素振りのハルノ。特に悪意を感じられないことから、結果として誘いに押し切られる形となった。
「なら、決まりっすね!! オレっちがトモキで、隣は彼女のトミコっす!!」
明るく自己紹介をするのは、ギャル男風の男性でトモキ。
「トミコって名前は捨てたの。これからはトミぽよって呼んでね」
落ち着いた様子で言うのは、ギャル風の女性でトミぽよ。二十二歳らしく言っていた通り、二人は四歳ほど年上の人たちであった。
「トモキさんに、トミぽよさんですね」
「さんって、命の恩人なんすから!! 敬語なんて不要っすよ!! ここはラフな感じでいきましょう!」
確認をするよう復唱するハルノに、トモキは低姿勢を保ち応えていた。
***
「ここがオレっちたちの根城。廃バスハウスっす!!」
両手を広げてトモキが紹介する先には、白い車体の大型観光バスがあった。
大勢が乗れるだろう縦長で、車高も高く広さは保証されるだろう。それでも雨風に曝され続けたのか、所々に塗装は剥げて錆が浮いている。
「二人はこんな所に住んでいるのか」
足元は砂利道で踏みしめるたびに、ざくりと石の擦れる音が響く。
廃バスの周囲は草が倒されているも、辺りは一面に雑草が生い茂る場所。奥には一本の線路が伸び、その先には田んぼが広がっている。建物が並ぶ街から離れて、ほとんど何もない郊外の地だ。
「車内も超ヤバ目!! 見て!! 見て!! 最強デコってるからっ!!」
「えっ、えっ、そうなの」
テンション高めのトミぽよに手を引かれ、困惑した様子のハルノは連れ去られていく。
「車内のデコレーションは全て、トミぽよがやったんすっ!! なかなか個性的な仕上がりっすよ!!」
トモキの言葉に促されては、手前側から車内へ足を踏み入れた。
「うっ、おぷ。これは……」
車内に足を踏み入れた瞬間に、目に飛び込んできたのはピンクの空間。壁一面に貼られたピンク色の生地と、天井から吊るされた小さなシャンデリア。
座席には白い猫のぬいぐるみや、カリスマとされるギャルのポスター。ゼブラ柄やヒョウ柄の毛布が無造作に置かれて、化粧品やメイク道具が散乱している。
「すごい……まるで別世界みたい」
ハルノも圧倒されている様子で、目を見張り驚きの声を漏らす。
車内には他にも銀色に輝くディスコボールがあり、二人の物だろう色とりどりの衣服が積まれている。独特の雰囲気を醸し出す空間は明るく、目が痛いという居心地の悪さを感じさせた。
「でしょ、でしょ!? ここでみんなとパーティーとか、ヤバい楽しいと思わないっ!?」
「トミぽよはデコレーションの天才っすから!!」
トミぽよは満面の笑みで言い、トモキも誇らしげに胸を張る。
二人からして車内の雰囲気は、自画自賛するほど最高なもの。それでもやや困惑した表情を見せるハルノと、内心ではとても共感できなかった。
「ってか、トモキ〜。ハルぴょんと蓮ぴょん、秋物の服が欲しいらしいよ」
トミぽよは語尾に特有の言葉を付けて、こちらの事情を話し出す。どうやらハルノが話したようで、目が合うと苦笑いを浮かべていた。
「なんすか、それ!! 早く言ってくださいよっ!! オレっちの服で良ければ、いくらでもあげますよっ!!」
トモキはテンション高く答え、恩返しをしようと意気込んでいた。




