第307話 サバイバル
「いろいろ大変なことはあったけど、函館の海鮮は美味しかったよな」
時間があったときに釣りを教わり、新鮮な魚を味わった日々が懐かしい。
函館はもともと、漁業が盛んな土地。海の恵みが豊富だったため、食料にはそれほど困らなかった。自給自足が求められる今の世界では、海の存在は大きなアドバンテージだ。
「海に面しているだけで、得られるものは大きいもの。武田信玄が海を目指した理由がわかるわ」
武田信玄が北陸方面への進出を図った背景には、日本海へのアクセスを求めたとも言われている。
理由として海は塩や魚介類など、貴重な資源をもたらすからだ。肉類や野菜の生産には時間と手間がかかるも、海が近ければ釣りで食料を得ることができる。物流が途絶えた今、この利点は計り知れない。
「それでも、今はできるだけ安全な場所で物資を探すしかないわ」
コンビニから駐車場に出ると、ハルノはすでに前を向いていた。
終末の世界でのサバイバルは、ますます厳しさを増している。それでも互いに協力し合い、目的地へ向かって前進するしかない。
***
「ぎゃあああっ!! ちょっと!! 来るんじゃねぇ!! トモキ!! マジ、屍怪!! 超ヤバい!!」
「オレっちに言ったって!! こんなハンパねぇ数を、どうすれってんだよぉ!!」
小麦色の肌をしたギャル風の女性と、ギャル男風の男性が叫んでいる。
十数台の車両が立ち往生する路上で、車の間を縫うように肩を揺らす者。そこには屍の怪物と化した者たちがおり、生存者に引き寄せられるよう迫る姿があった。
「行くぞっ!! ハルノ!!」
「ええっ!!」
コンビニの駐車場にて次の行動を考えていたところ、大きな騒動の発生にハルノと即座に反応した。
「ヤバい!! ヤバい!! 来るなっ!! 来るんじゃねぇ!!」
小麦色の肌をしたぽっちゃり体型のギャルは、手を振り回しながら野太い声で叫んでいた。髪はゆるふわ巻きの金髪で、少し丸みを帯びた顔立ち。身長はやや低くも姿からは、ある種の強さが感じられる。
そして派手なギャルメイクに、つけまつ毛とキラキラのアクセサリー。黄色のクロップド丈のピタTには、有名な白いネコのキャラクター。黒のダウンベストを着用して、ハイウエストのダメージデニム。肩からはブランド物だろう、茶色のバッグを掛けている。
「大丈夫か!? 早くこっちへ!!」
腰に帯刀していた黒夜刀に触れて、距離を詰めながら後退を促す。
愛刀である黒き刃の黒夜刀は、短時間なら高熱を発する特殊な刀。黒色の鞘には銀で二本線が走り、ソーラーシートが埋め込まれている。鞘上部は銀色に台形状の厚い機械装置で、発熱機能と蓄電機能を有す。発熱蓄電機器の部分には黒く獅子の姿が描かれ、その出来栄えはとても迫力あるものだ。
「一刀理心流。光一閃」
光の如く一瞬にして踏み込み、刀を抜けば一閃する抜刀術。刃が鈍い光を放って首を落とし、一体の屍怪を完全に無力化した。
「うわぁっ、なんでこんなことに……!! 死ぬ!! 死んじまうっ!!」
恐怖に尻餅をつき震えながら嘆くのは、小麦色の肌をしたギャル男風の男性。
盛られた金髪に一重の目で、やや痩せ型の中背。狼の刺繍が背中に入った白と水色のスカジャンを羽織って、シルバーのネックレスが胸元で揺れている。ダメージデニムをラフに穿きこなし、足元はブランド品のスニーカーでキメていた。
「いいからっ!! 黙って下がって!!」
ハルノは急ぎ早に指示を飛ばして、男が這いつくばり後退を確認。手にしているコンパウンドボウは、滑車とケーブルを組み合わせた構造。
飛距離を重視するとその射程は、三百メートルを超えるのではないかとの話。命中精度も高く狩猟においては、鹿などの野生動物を仕留めることも可能。機械式で発射に効率よくエネルギーを伝えられ、威力はある種の防弾チョッキをも貫通可能だと言う。
「アガッ……」
矢は一直線に高速で放たれると、正確に屍怪の額を射抜く。約三十メートルは離れた所から、さすがのコントロールと腕前を見せた。
「ハルノっ!! 援護を頼むっ!!」
「任せてっ!!」
前方の屍怪に立ち向かうため、信頼する相棒ハルノに背後の援護を託した。
「戦えるなら、援護をっ!! 無理なら下がってくれっ!!」
「はっ、はいっ!! 了解っす!!」
ギャル男風の男性はぎこちない口調ながらも、大きな声で素直に指示に従って動き出した。
後退していくギャル風の女性を、護衛姿勢でバットを構えるギャル男風の男性。迫り来る屍怪に対抗するため、最低限の体制が整ったといえる。
「一刀理心流。円舞」
舞い踊るかのように刀を振えば、次々と倒れていく屍怪たち。
背後のハルノはコンパウンドボウにて、正確に矢を放って屍怪を仕留めていく。ギャル男風の男性は倒れた屍怪にバットを振り下ろし、これでもかと念入りにとどめを刺していた。




