第305話 函館39
「……行かねぇ。俺たちは自分の足で、東京のジェネシス社を目指す!!」
しかし声を強く拒否をするのに、一片の迷いすらなかった。
メリルの提案には多くの利点があるも、それ以上に譲れないものがある。メリルは父親である獅子王統夜を、諸悪の根源のように語っていた。確証もなく家族を悪者のように扱う相手を、簡単に信用することなどできるはずがない。
「そうですか。ならばまたいつか、どこかでお会いしましょう」
そう告げるとメリルは急ぎ、ヘリコプターに乗り込む。
ほどなくしてプロペラが回転を始め、強烈な風を巻き起こしながら機体が上昇。地上にも吹きつける突風を残しながら、ヘリコプターは上空へと舞い上がる。
「にゃにゃにゃ!? 待つにゃっ!! どこへ行くんだにゃ!?」
駆け寄ってきたねこちーは上空に、遠ざかるヘリコプターに手を伸ばして嘆く。
「正しい判断だったと思うわ。正直なところ、メリルは信用できないもの」
空を見つめ静かに言うハルノは、決断につき賛同的だった。
メリルの言葉はどこまでが真実なのか。函館山展望台に調査と称して、何を探っていたのか。すべてを話していたとは到底思えず、軽々しく付いていくのは危険にも思えたのだ。
***
「蓮夜さん!! ハルノさん!! バイバイだのっ!! またいつでも遊びに来てのっ!!」
「次に来たときは、体験を教えてくれにゃ!! 話を元にして、再生数の伸びる動画を作るにゃ!!」
見送りに駆けつけたのは、まこたんと動画配信者のねこちー。
ここは赤レンガ倉庫の近くにある港。これから漁船に乗り、青森へと向かうところ。他にも仲村マリナに、村井マサオやミサキ。緑や白のターバンを巻いた者たちを含め、大勢の人たちが見送りに集まってくれた。
「二人とも気をつけて。無事の旅を祈っている」
漁船へ乗り込む直前となり、仲村マリナから送られる激励の言葉。
函館に到着してから今日まで、様々なことがあった。困難も多かったがそれ以上に、多くの人と信頼を築くことができた。今やここにいるみんなは、単なる知り合いではなく大切な仲間だ。
「みなさんもお元気で」
「目的を達成したらまたいつか、函館に寄らせてもらいます」
名残惜しそうに告げるハルノに、続いて別れの言葉を送る。
「よし!! 出航だっ!!」
操縦室から魚村海斗の力強い声が響き、漁船はゆっくりと港を離れて沖へと向かい始める。
港へ振り返れば、人々が手を振っている。こちらも手を振り返す中で、シルエットは次第に小さくなっていった。
「……函館。いろいろあったわね」
「ああ、そうだな」
今日までを思い返すよう静かに呟くハルノと、胸の内にて去りゆく街の記憶を巡らせる。
泣き女との遭遇から始まって、テラォード・ブッチャーとの戦い。函館を覆い尽くした炎の海に、ヘリコプターでメリルの登場。短い滞在だったがあまりにも濃密で、決して忘れることのできない日々だった。
「蓮夜っ!! あれっ!! 黒木さんじゃないかしらっ!!」
ハルノが声を上げて、見つめる先に立つ人。
函館より前の登別から、行動を一緒した黒木実。車の運転技術や生き方まで、学ばせてもらったことは非常に多い。
「先に挨拶は済ませていたから、見送りには来ないと思っていたぜ!!」
海へと突き出す埠頭に立ち、タバコを吸う姿を見て思う。
今は函館の街を復興に向けて、とても忙しい段階のはず。見送りは難しいかと思っていたけれど、最後に顔合わせが叶って心はとても温かくなる。
「黒木さん!!」
「黒木さんもお元気で~!!」
隣のハルノは声を上げて手を振り、揃って旅立つ前に別れを惜しんだ。
黒木さんは無言のまま、そっと右手を振り上げる。言葉にせずとも想いは伝わってきたから、ただそれだけで十分だった。
「見えてきたな。上陸すればもうあとは、陸地が東京まで続いているんだ」
漁船が大海原を進む中で、陸地が薄っすら見え始めて思う。
旅路はまだまだ長くとも、目的地には確実に近づいている。海を越えるという難関を一つ克服し、気持ちを新たに視線は前へと向いていた。




