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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第四章 新たな旅立ち(下)

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第300話 黒木回想禄7

「今回の事は、今までの行いのツケ。自分で蒔いた種なら、自ら刈り取るってのが筋ってものです」


 そう切り出して、相対す覚悟を決めたところ——。


「黙っとれっ!! 黒木君!!」


 先ほどと並ぶ大きな声で再び、柳岡さんの怒声が鋭く響いた。


「ワシは今まで、いろんな人間を見てきた。努力をしても、報われなかった者。才能があっても、届かなかった者」


 柳岡さんが語るのは勝負の世界にて、生きてきた者たちの成れの果て。

 心・技・体いずれかが欠けても、プロの世界には到達できない。そんな過酷な現実を、柳岡さんは見届け続けてきたのだ。


「ワシもその一人じゃ。挫折をしてプロになることを諦め、それでも囲碁を辞められんかった」


 プロ棋士に匹敵するほどの実力を持ちながらも、柳岡さんはその座を掴むことはできなかった。

 才能があったとしても、勝負の場で勝ち切る精神力が足りなかった。柳岡さん自身がそう分析し、己の弱さを受け止めていたのだ。


「しかし、黒木君は違う。何にも臆することなく、勝負に向き合っている姿勢……ワシは思ったんじゃ。なぜ、囲碁を続けているのかと。そんなときじゃ、黒木君と出会ったのは」


 じっと目を見つめながら、柳岡さんは話を続ける。


「何度も黒木君と打っているとき、ふと悟ったんじゃ。ワシは黒木君に囲碁を教えるため、囲碁を続けてきたんじゃと。人生をかけて伝えることこそ、それがワシの役目なんじゃと」


 以前にも言っていた人生観を、柳岡さんはこの場でも話し始めた。

 人の一生にはその時々において、果たすべき役目がある。柳岡さんは人生の集大成として、伝えることを最期の役目と位置づけていた。


「黒木君。君はなぜ囲碁を続けているんじゃ?」


 柳岡さんの問いかけに、一瞬にして言葉が詰まる。


「……」


 問い自体は単純であるはずも、すぐに答えが出せない。


「最初のきっかけは、ふとしたものじゃったろ。それに辞めようと思えば、いつだってそうできたはずじゃ」


 言葉を繋ぐ柳岡さんの指摘はその通りで、始まりは偶然としか言いようがない出来事。それでも気づけば囲碁の奥深さに魅了され、いつしか人生の一部にまでなっていた。


「黒木君は見つけたんじゃよ。自分の道を。伝える立場を通してでも、ワシは見たいんじゃ。黒木君が進んでいく、道の先を」


 柳岡さんは師匠という計りを超えて、未来を信じる者の姿勢だった。それこそ故に人生そのものを懸けて、定めた役目を全うしようとしていたのだ。


「おい!! ジイさん!! 怪我をしたくなかったら、すぐにその場から離れなっ!!」


 第三者の登場に戸惑っていた不良たちも、次第に落ち着きを取り戻して復讐を果たそうとする。その覚悟はやはりとても固く、引き下がるつもりはないらしい。


「立ち去れっ!! 小童どもっ!! ここへ来る前に、警察にも通報したっ!! 時期に警官たちが駆けつけてくるぞっ!!」


 柳岡さんの怒声は夜の空気を裂き、不良たちは目を見開いて困惑の様子を見せる。


「なっ……!! まずいぞっ!! ずらかろうぜっ!!」


 最も動揺を露わにしたのは、青いパーカーの男だった。


「落ち着けって!! 本当に通報したかどうかなんてわからねぇだろ!!」


 黄色いパーカーの男が苛立たしげに言い返し、宥めようとするも未だまとまりを欠いている。赤いパーカーの男が説得に加わるも、容易に落ち着きは取り戻せないようだ。


「黒木君。君はこんな所で、立ち止まっている場合ではない。そうじゃろ?」


 混乱する不良たちを前に、柳岡さんは背中越しに語り始める。

 その背中はとても大きく、強くそして温かい。すべてを見通しているような語りかけに、返す言葉を失ってしまった。


「どうせハッタリに決まっている。仮に本当だったとしても、サツが来る前に終わらせりゃいいことだ」


 ギラリとナイフの刃を街灯の光に反射させ、赤いパーカーの男は距離を詰めてくる。殺気を隠さぬその瞳は、完全に理性を失っていた。


「ワシに構わず、行くんじゃ。黒木君」


 にじり寄る不良たちを前にしても、柳岡さんは一歩も退かない。その背中が語っていたのは、ある種の覚悟だった。

 しわがれた声、しかし全身から迸る熱。立ちはだかるその姿には、老いを超えた凄みがあった。


「行けえええええっ!!」


 次の瞬間に柳岡さんは吠えるよう叫び、真正面から体当たりを仕掛けた。


「うおっ!? なんだこのジジイ!!」

「お呼びじゃねえんだよっ!! どけっ!!」


 赤いパーカーと黄色パーカーの男は、勢いよく柳岡さんを引き剥がそうとする。


「ぐぬぅっ!! 退かんっ……!! お主らみたいな輩に、黒木君は渡さんっ!!」


 赤いパーカーの腰にしがみついた柳岡さんは、まるで鋼の枷のように離れない。声を振り絞って歯を食いしばりながら、全身全霊の力で絡みついている。


「……柳岡さん」


 決死の姿に断固たる覚悟を見て、思いを受け取れば胸を打たれる。

 不良たちとの争いに参戦し、柳岡さんを助けるのは容易だろう。しかし当の柳岡さん本人は、そんなことなど微塵も望んではない。


「……っ!!」


 争っている四人の横を抜けて、路地裏を脱出して走り出す。

 明日はプロ試験本戦で、運命を左右する最終日。柳岡さんは影響が出ないよう足止め役となる姿勢で、行動を起こした意志を汲まねば男ではない。


「黒木が逃げたぞっ!! 追えっ!!」


 しかし何がなんでも逃さぬと、赤いパーカーの男は怒鳴り声を上げる。

 自らは腰を掴まれ動けぬから、代わりに追っ手となるは青いパーカーの男。柳岡さんが足止め役になろうとも、そもそも三対一の人数差。不良たちの意志も固いことから、容易に逃さぬとの姿勢だった。


「行かせるかっ!!」


 しかし追っ手を阻むように足をかけたのは、またも足止め役を勝って出た柳岡さん。

 バランスを崩した青いパーカーの男は、無様に地面へ転がり倒れる。完全な出遅れともなければ振り返ったとき、もはや追ってくる者の影もない。


「……柳岡さん」


 明るい街へ向かい路地を歩くも、気になるのは先ほどまでいた場所。

 しかし今は振り返っても、戻ることはできない。一抹の不安を抱きつつも柳岡さんの進言に従い、帰路へつくに夜の街を駆け抜ける他なかった。


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