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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第四章 新たな旅立ち(下)

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第298話 黒木回想禄5

 プロ試験には三つの段階があり、一般の参加者が集う外来予選。院生下位と外来予選通過者がぶつかる合同予選、そして最後に院生上位を交えた本戦。

 最終的に本戦まで勝ち残るのは十六名で、その中からプロになれるのは上位二名のみ。どれだけ碁の実力を磨こうとも、結果を出せなければただの人。年に一度のこの試験を突破できなければ、また一年を無為に過ごすしかない。


「参りました」


 数時間に及ぶ対局が佳境を迎え、対戦相手が負けを認めた。

 プロ試験は土曜と日曜に一局ずつ行われ、一カ月以上に及ぶ対局は長丁場の勝負となる。和室に並ぶ八面の碁盤に、向き合う受験者たちの表情は鋭い。各々が一年を通し積み上げた力を、惜しげもなく発揮して望む場所。初日ともなれば緊張感は際立ち、対局場の空気を重くしていた。


「今回は、もうダメか。そろそろ諦めて、就職を考えたほうが良いのかな」


 本戦も中盤を過ぎ折り返しを迎えれば、次第に脱落が濃厚となる者が出てくる。


「囲碁しかしてこなかったオレたちに、何ができるって言うんだよ。学歴もないオレたちは、仕事を選ぶ権利すらない。受からなければ一生ずっと、誰かの使いっ走りだぞ」


 人生の多くを囲碁に捧げ、それでも敗れていく者たち。誰もが死に物狂いで碁盤に向かい、すがるように勝ちを求めている。

 しかし勝負の世界は非情なもので、敗者に与えられる場所はない。明るいスポットライトが当たるのは、いつだって勝ち続けた者だけなのだ。


「黒木君!! 本戦も良い調子だねっ!! 頑張って!! 応援しているよ!」


 ホームレスの集会所を訪れるたびに、変わらず送られる激励の言葉。ホームレスたちは欠かさず情報を収集し、まるで自分たちのことのように喜んでいる。

 時は過ぎてプロ試験も、いよいよ終盤戦。次の最終局に勝利すればついに、プロ入りという段階にまで到達していた。


「どうじゃ黒木君。やはり棋士への扉を開く大一番となれば、さすがにプレッシャーを感じるかの? 負けることが怖いとか、考えはせんか?」


 土曜日の対局を終えて最終日となる前夜に、集会所にて柳岡さんは静かに問いかけてきた。

 人生を賭けた勝負の舞台となれば、これまでとは全く異なる重圧があるのは当然の話。普段どおりに対局へ向き合うこと、難しくなっても不思議ないだろう。


「フフフ。どうやら全く。その辺の感覚はおかしいんですかね。何も感じはしないです」


 至って平静で微塵の揺らぎもなく、緊張や気負いといった感情も皆無。振り返れば過去に一度とて、冷静さを欠いた記憶はない。

 心が凍りついているのか、そう他者から言われるほど。一般的な感覚と乖離していると意識させられながらも、それが自分自身と気にも留めていなかった。


「ガハハっ!! 全く、大した玉じゃ!! やっぱりワシとは格が違うわい!」


 豪快な笑い声を上げる柳岡さんは、顎が外れそうなくらい大口を開けていた。

 柳岡さんの実力はプロ棋士に匹敵するも、プロ試験では力を発揮できなかったらしい。気負いのない普段の対局とは違い、試験では独特の重圧がのしかかる。腕に覚えのある受験者たちが集まる舞台で、精神を乱せば一瞬で敗北が決まる世界。幾度となく挑戦をするも、結局はその壁を越えられず。やがて柳岡さんは囲碁とは無縁の世界に、ホームレス生活へと流れ着いたのだという。


「実はのう、黒木君。ワシは初めて会ったときから、黒木君がここまで来る予感がしていたんじゃ」


 柳岡さんは一目で見たときから、働いた直感があると言う。


「買いかぶり過ぎですよ。初めて柳岡さんに会ったときは、まだ子どものようなものでチンピラ。どうにも手の付けられない、荒くれ者だったでしょう」


 思い返せばここまで歩いてきた道のり、決して順風満帆ではなく平坦でもなかった。両親の顔も知らず施設に預けられ、周囲と馴染むことなく一人で過ごしてきた日々。十四歳と普通なら学校へ通う年齢も、頼み込んで自動車整備工場に就職。

 しかし毎日を類似作業の繰り返しとなり、知らずのうちに溜まっていく鬱屈に似た感情。夜に街を歩いては不良に絡まれて、八つ当たりのように始めた喧嘩。腕っぷしが強いと悪名が響き渡り、名を挙げようと挑んでくる者たちは後を絶たなくなる。全てを受けてはまるで暴れ牛のように、ただ突っ走るしかなかったあの頃。そんな自分が囲碁のプロ棋士を目前にするなど、当時は夢にも思わなかっただろう。


「まあ、そういう一面もあったがのう。でも一目で見て思ったんじゃ。何があっても揺るがない、ふてぶてしい顔つき。周囲の温度を落としそうな、鋭くかつ冷えた雰囲気。こやつは原石。間違いなく、伸びるってのう」


 柳岡さんは笑顔を浮かべながら、自らの直感を語る。


「フフフ。第一印象ってやつですか。俄には信じ難いですね」

「そうでもないぞ、黒木君。第一印象と言ってしまえば、一言じゃが。その実は表情、話し方、仕草、声色や姿勢。他にも得られる情報は多いんじゃ」


 疑わしいものとバッサリ切り捨てても、柳岡さんには確信を持つ理由があると話す。


「こればかりは見た人間の多さ。経験に起因するじゃろうから、若い黒木君には難しいかもしれんのう。まあいずれは、黒木君もわかるじゃろうて」


 柳岡さんとの会話はつい長引き、ふと時計を見れば時刻は二十時を過ぎていた。


「それでは柳岡さん。明日も対局なので、そろそろ失礼します」

「うむ。吉報を待っとるぞ」


 話を切り上げて帰宅の途に、柳岡さんは笑顔で見送っていた。

 柳岡さんが超えられなかった、プロ試験という狭き門。明日には良い知らせができると、このときは疑いもしなかった。


「……やっと。やっと見つけたぞっ!! 黒木!!」


 ホームレスの集会所から公園を抜け、歩いていると前方から声が響く。

 視線を向けると、人相の悪い男が三人。赤・青・黄のパーカーを着た連中がいて、こちらを睨みつけている。どうやら顔を知られているらしく、待ち伏せをされていたようだ。


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