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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第四章 新たな旅立ち(下)

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第297話 黒木回想禄4

「研修会で若手棋士と打つ機会もあるんですけど。言っても、勝てないという相手ではないです」


 思考を止めず対局を行いながらも、今や近況を語ることも増えた。


「ガハハっ!! それは普通の対局じゃからのう。棋士というのは、勝負の場こそ第一。絶対に負けられないときにこそ、真の実力を発揮させる精神力が必要なんじゃ」


 柳岡さんの言葉には、真に迫る重みがあった。

 練習で何度となく勝とうとも、本番の対局で負ければ無意味。勝負の世界とは勝者には輝かしく、敗者には切に厳しいものなのだ。


「その精神力が……ワシには、足りなかったんじゃがの」


 柳岡さんは少しだけ目を細め、過去を思い返すように言った。その表情には悔しさと、諦めが混じっている。

 プロ試験にこそ通過できなかったものの、柳岡さんの実力はプロ棋士に匹敵する。豪快かつ豪胆に見える柳岡さんでも、精神的に繊細な部分があったようだ。


「黒木君。ワシは、人には役目があると思うんじゃ」

「役目?」


 柳岡さんは唐突に切り出し、反射的に意味を質問してみる。


「赤ん坊なら泣くこと。子どもなら多くを学び、身心を成長させること。大人になれば独り立ちし、自分の道を歩くこと」

「ふぅ~ん。なら老いたらどうするんですか?」


 柳岡さんは対局を続ける中で言い、興味を薄くも問いかけてみる。


「老いれば自身の経験を伝え、後進の育成に尽力することじゃ」


 盤面を見つめながら言う柳岡さんの言葉には、自身の人生が込められているようだった。


「それはまた、大層な話ですね」


 局面は僅かに優勢とみるも、またまだ戦いはこれから。次の一手で逆転しても不思議ないくらい、形勢は猛烈に細かいと言ってよい。



 ***



「ハハハッ!! そう茶化さんでくれ。黒木君。年を取ると感慨深くもなるんじゃ」


 柳岡さんは少し恥ずかしそうに笑いながら、話題を軽く流そうとしているようだった。その笑顔にはどこか照れ臭さと、人生を振り返るような穏やかさが混じっている。


「まあ、話を半分と思って聞いてくれ。他にも役職や立場がある。そう全てに当てはまる話でもないからのう」


 柳岡さんの語る役目には、例外もあると展開する。


「でしょうね。実際のところ、子どもなら遊び呆けて学びを放棄。大人になっても自立できず、他者に依存して生活。老いては権力を誇示するため、若い世代を押さえつける。なんて話は、よく聞くところですからね」


 展開される役目論に照らし合わせて、果たしていない者は五万といるだろう。

 人間は基本的に自分本位な生き物であり、理想論や綺麗事は往々にして空虚に響くもの。現実主義から離れる話は、正直なところ苦手に分類されるものだ。


「まあ、人によってはそういう者もおるじゃろう。でも、そんな人間ばかりじゃないのも事実。黒木君もそれくらいはわかるじゃろ?」


 柳岡さんの声には、どこか諭すような優しさがあった。


「黒木君が挙げた例の人間は、二流もしくはそれ以下。遊び呆ける者や、自立できぬ人間に伝えられるものなどなかろうて。老いてなお権力を誇示し続けるような者はどうじゃ? 若い芽を摘むことになるだけじゃろう。それでは、俗に言う“老害”じゃ」


 柳岡さんの言う言葉の一つ一つには、長い人生を生きてきた者だけが持つ重み。見解に裏付けられた、明確な意志が宿っている。


「最期は伝えて、育成しなくちゃならん。未来へ続く可能性を」


 柳岡さんが盤上に石を打つたびに、人生そのものを語っている。言うならば今このときに、役目を果そうしている気がした。


「おっと、つまらない話をしたの。まあワシは賭けているんじゃ。黒木君という、未来への可能性に」


 柳岡さんは白石を盤に置くと、静かに碁笥へ手を伸ばした。

 局面は拮抗していたものの、競り負けてわずかに届かず。初めての勝利は今回も、お預けとなってしまった。


「またいつでも打ちに来るとええ。待っとるぞ」


 柳岡さんは碁笥の中で碁石を揺らし、からからと音を鳴らしながら笑っていた。

 ホームレスの集会所に来れば、いつもみんな温かく迎えてくれる。囲碁を始めたキッカケの場であり、長らく学びの場でもある場所。夜の公園から光り輝く街へ向かえば、再び勝負の世界へと戻っていった。


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