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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第四章 新たな旅立ち(下)

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第295話 黒木回想禄2

「以前は血気が盛んと言ったが。どうにもお主、エネルギーが余っているだけじゃろ? そしてそのぶつけ方がわからず、もがき苦しんで見える」


 柳岡は碁盤に視線を落とし、慣れた手つきで白石を打つ。

 すると次の瞬間には、盤上から黒石を五つ。柳岡の手によって取り上げられ、碁笥の蓋に乗せられた。


「あちゃ~!! これは参った!!」


 対戦相手の中年男は険しい表情で、何度となく額を叩いている。

 形勢は白の柳岡が優勢らしく、黒の陣地は崩壊。数分後には中年男は手を挙げ、負けを宣言する投了が行われた。


「お見事、柳さん。またやられちまったよ」

「まあまあ、ワシも長いこと打っとるからのう。次はもう少し考えて打つとええ」


 健闘を讃える中年男と、対局を終えた柳岡。終局後の盤面から数手ほど手数を戻し、互いに何が良く悪いかの検討が始まった。


「そう言えば、お主。名前を聞いておらなんだの。教えてくれんか?」


 未だ局後の検討が行われる中で、柳岡から唐突に質問が飛んでくる。


「……黒木。黒木実」


 名前を口にした瞬間、自分でも意外に思った。普段なら余計なこと、一切を語らない主義。碁盤で並べられる碁石に流れを感じ、意識のほとんどが逸れていたこと。対局後の雰囲気と柳岡の態度もあって、心のどこかを緩めたのかもしれない。


「黒木君か。ふむ、いい名前じゃのう」


 柳岡は碁盤を指で軽く叩き、にやりと笑い視線を向けてくる。


「どうじゃ? 囲碁を打ってみんか?」


 好奇心を煽るような光り輝く目で、柳岡に誘われたこと囲碁を始めるキッカケ。生涯を懸けて歩いていく道と、恩師たちと出会いの発端であった。



 ***



「ありゃ~!! これは参った!!」


 目の前で額を叩きながら嘆く、中年男のホームレス。劣勢を悟りながらもどこか、感心したような笑みを浮かべている。


「子どもってのは寝て起きれば、一晩で強くなるっていうからね。お前さん、これはもうダメ。終局しているよ」


 周囲で観戦していたホームレスたちは、戦況を分析しながら笑い声を上げている。

 囲碁を教わり始めてから、今日でおおよそ一週間。自動車工場の仕事が休みのとき、加えて仕事が終わってから。ホームレスの集会所を訪れては、碁盤に向き合う日々が日課になっていた。


「若さならではの〜〜輝きよお〜〜」


 昼間から酒瓶を持つホームレスの男性は、上機嫌によくわからない歌を口ずさんでいる。


「黒木君、黒木君。次の相手をお願いしてもいいかね?」


 一つの対局が終わるや否や、次の挑戦者が現れる。

 ホームレスの集会所を訪れた初期では、どんな意図を持つ部外者かと酷く警戒された。それでも何度も足繁く通っていれば、顔見知りも増えて次第に馴染む。今では多くが温かく迎えてくれ、居心地の悪くない場となっている。


「……どうぞ」


 どんなにギャラリーに囲まれようとも、対局が始まれば盤上に集中できた。

 対局を重ねていけば、見えてくる定石。効率的な石の運びに、良いとされる石の形。一つ一つが新鮮であるも、どれも肌身に染みて吸収する感覚。囲碁を打ち盤面に向き合うこと、思いの外にも楽しかった。


「黒木君、最近は毎日来ているねぇ」

「よっぽど囲碁が楽しいんだろうねぇ」


 ギャラリーの一人である老婆は穏やかに言い、笑いながらもう一人の老婆が同意するように頷く。

 しかし対局に集中しているときは、ほとんど外野の音は気にならない。理想とするのは相手より一手でも先に、頭の中にもう一つ碁盤を用意して進める感覚。局面の変化を含めて繰り返し、より深く読もうと試みていたからだ。


「ガハハッ!! 最近は喧嘩もしていないみたいだしのうっ!!」


 賑やかな笑い声を響かせ柳岡も、ホームレスたちの輪に加わる。


「……」


 しかし対局に集中している時は、盤の外に目はいかない。

 次にどこへ石を打つのか、そのときどう応じるべきか。いかにして相手の意向に沿わず、自分の主張をより強く通すか。陣取り合戦とされる囲碁において、勝負の要となる部分を理解しつつあった。


「柳さん。対局中に声をかけちゃダメだよ。凄い集中力なんだから、邪魔をしちゃ悪いよ」

「ふぅむ」


 見物人の一人が声をかけて注意をし、柳岡は鼻を鳴らして腕を組み立ち止まる。

 一日に五局ときには十局以上も打ち続け、磨かれていく感性と感覚。読みの速さと深さも次第に上がり、対戦相手となっていたホームレスたち。一カ月が経過する頃にはほとんど誰も、太刀打ちできなくなるほどまで実力を伸ばしていた。


「柳岡さん。来ていたんですか? どうですか? 一局」


 破竹の勢いでホームレスたちを倒す中で、まだ倒せていない人物が一人いる。


「そりゃあ柳さんは、院生で一組までいった人だからね」


 観戦に集まったホームレスの一人は、ぽつりと聞きなれない言葉を呟いた。


「なんですか? 院生って?」

「囲碁のプロを目指す場所だよ。柳さんはそこで、一組っていうトップクラスまでいったんだ。プロになる一歩手前まで行ったってことさ」


 素直な疑問を反射的に口にすると、ホームレスは説明を始めた。

 院生とは囲碁のプロを目指す子どもたちを集め、切磋琢磨をして実力を伸ばすに与えられた場所。当時の柳岡さんはプロになることを目標とし、一組の一位まで登り詰めたとの話だ。


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