第292話 函館34
「最悪の手段だったら、イカダを自作してとかだったよな。ほら、テレビ番組の企画とかであっただろ?」
どこか懐かしくも思い出す、以前にテレビで見た挑戦企画。発泡スチロールやペットボトルに浮き輪など、木材を基本材料として作る即席のイカダ。
時間制限がある中で海を渡り、陸地を目指すという番組企画。仮に無制限の中で作製をしたならば、それなりに良い物が作れたかもしれない。
「でもああいう企画って、安全管理はされているはずよ」
ハルノは話に割って入り、問題点を指摘する。
「途中で船が壊れて沈んだり、潮流に流され進路を外れたり。失敗してもすぐ助けられるように、近くにスタッフの乗った船が待機していたはずよ」
個人的な挑戦とは根本から異なり、背景が別物だとハルノは言う。
たしかに映像を思い返して見れば、時おり話しかけるスタッフの声。そもそも演者を撮影する者は、姿なくイカダには乗っていない。別の船から撮っていること明らかであり、万が一のときは手を差し伸べられる体制だった。
「俺たちがもしイカダってなったら、安全管理なんて何もないもんな。保険的な手を打てるわけでもないし、本当に一回限りの一発勝負。船が壊れて海に投げ出されれば、潮流に捕まり動けなくなったら。陸地に戻れなかったら、一巻の終わりって感じがするよな」
今や無関係と苦笑いを浮かべつつ、自分事としては肩をすくめる。
「良かったわ、蓮夜が船長のイカダに乗らなくて」
ハルノは軽口を叩きながら、言葉に同意するように微笑んだ。
今や冗談混じりに会話ができるも、背景には海の危険さが根底にある。本州へ向かうために海を渡ることは、命を懸けた挑戦に他ならない。イカダを使用する想像をすれば、それだけで背筋の冷える思いだ。
***
「そういえば朝日奈さんの武器は、コンパウンドボウだったな?」
海を渡る手段が確定したところで、仲村マリナは確認するよう尋ねてきた。
「はい。でも昨日の戦いで、矢はなくなってしまいましたけど」
ハルノが使うコンパウンドボウは、屍怪に対抗するための重要な武器。これまでは矢を回収して再利用しつつ、節約をしながらなんとか凌いできた。
しかし昨日の激戦でついに、とうとう矢が尽きてしまったのだ。
「函館山展望台には武器庫がある。そこには博物館や警察署から、集めた武器が保管されているんだ。武器庫内には矢もあったはずだから、必要ならば持っていくといい」
仲村マリナの提案に、武器問題の解決を見る。常に多くの人々が過ごすため、蓄えのある函館山展望台。
蓄えとは水や食料のみならず、武器についても揃えられているらしい。
「いいんですかっ!? 本当に助かるわ!!」
ハルノの表情はパッと明るくなり、嬉々として声も高くなる。もし矢の補充ができなければ、武器の変更を余儀なくされていただろう。
「良かったな、ハルノ。矢が補充できれば、コンパウンドボウのままで問題ないし。ハルノが近接武器に変わるのは、俺としては少し不安だったから」
安心感がより勝る状況となり、ホッと胸を撫で下ろす。
主武器であるコンパウンドボウを使用できなければ、槍やナタにマチェットなど近接武器となるだろう。それは今までは真逆で、前へ出ることを意味する。
「少し心外だわ。槍でも警棒でもナイフでも、私はそれなりに戦えるつもりよ?」
こちらの心配を他所にハルノは、眉をひそめ少し不満そうであった。
基本的な訓練を受けているため、近接武器も素人ではない。やれるという自信があるから、僅かに不満を持った次第だろう。
「かもしれないけど。射撃の腕は間違いないんだから、コンパウンドボウは疑いなく頼りになるだろ。俺としてはハルノが後ろにいてくれれば、安心して前に出られるんだ」
実力を評価しつつ少しの心配を加え、真摯に自らの意見を伝える。
武器の得意不得意には個人差あり、ハルノは弓系や遠距離武器につき抜きん出ている。近接武器となれば屍怪に近づく機会も増え、自ずとリスクは増してしまうだろう。慣れない武器という心配点に、前へ出るという行為も不安。慣れ親しんだ弓を使用してくれれば、こちらも気兼ねなく前へ走れるというもの。
「そういうことなら……まぁ、納得しておいてあげるわ」
どこか柔らかい口調で急に塩らしく、ハルノは少し顔を赤くして見えた。意見に納得してくれたようで、今まで通り後方にいてくれるようでありがたい。
函館山展望台から立待岬へ向かうに山を下り、前方には青い海と海岸線が広がっている。きっと黒木さんはすぐ近くに、会えば真実に迫れるはずだ。




