第280話 函館22
「なんて執念だ……」
未だ動き続ける姿を見て、周囲の誰かがポツリと呟く。人知を超えた耐久力と動き続ける姿勢に、恐怖から足がすくみ圧倒される者も複数。
「今ならいけるっ!! もう一度、鎖の準備だっ!!」
それでも仲村マリナは指示を飛ばし、再び海に沈める作戦へ挑む。
しかし一度失敗した作戦の再挑戦には、鎖を移動させるなど準備が必要。そのため今は少し、時間を稼ぐ必要性があった。
「黒木さん。みんなには危ないから、少し離れるよう言ってもらえますか」
正面にて立ち塞がる敵を見据えながら、黒夜刀の安全装置を解除して告げる。
「なんだっ!? あの刀はっ!?」
刀身を赤く燃え上がるような輝きを見て、仲村マリナは目を丸く驚きを隠せずいた。
刀身を赤く高熱を宿す焔を見るのは、黒木さんに仲村マリナと初めて。故に驚きの声を上げること、至極当然で普通の反応と言えるだろう。
「フフフ。まぁここは、任せてみよう」
黒木さんは微かに笑みを浮かべて、協力し見守ってくれる姿勢だ。
「テラウォード・ブッチャー!! 今回こそ、ここで終わりにしてやるぜっ!」
かつて新千歳空港でブッチャーと交戦した際には、焔の性能は時間制限で万全とはいかなかった。
しかし今回は前回と異なり、未使用と万全の状態。三十分はフル使用できるはずで、迎えられるこの一戦。それは赤レンガ倉庫隣の広場にて、運命を懸ける最終決戦の幕開けだった。
***
「グルゥ……」
上がった歯茎を見せ強く食いしばり、右手を開き掴みかかろうと動くブッチャー。
「炎舞」
たまらずバックステップで回避しては、手を引くタイミングに合わせ刀を振るう。黒夜刀を赤く高熱を纏わせ、放つは焔を使用して腹部への連撃。
しかし腹部側面を焼き切ろうと、止まることを知らないブッチャー。左ストレートが伸びてくれば、身を屈めて透かさず回避。空振りであっても風切り音は、轟音であり威力を感じられる。動きにこそ鈍さが見られるも、気の抜けない一進一退の攻防が続いていた。
「いけっ!!」
「頑張れっ!!」
広場に集まる人々は円形に囲み、戦いを見守る中で声援は止まない。応援に背を押されるよう、決死の覚悟で死闘が続いていた。
「グルゥ……」
今まで受けたダメージの蓄積か、やはり動きに鈍さを見せるブッチャー。
それでも巨体から放たれる、威圧感と存在感は健在。分厚い拳を振り下ろしては、大地を叩き割るような攻撃。繰り出される一撃一撃はいまだに重く、人に恐怖を抱かせるには十分な威力だ。
ここでブッチャーを倒せなかったら、間違いなく被害は拡大する。
なんとしても、今ここで。ブッチャーは倒さなければならねぇ!!
逃げたくなる気持ちに屈することなく、上回るのは使命感と立ち向かう勇気。恐怖心に打ち負けないよう奮起し、胸中で決意をより確固たるものにして前へ出た。
「舞え。紅蓮が如く」
頭を中で浮かんだ言葉を口ずさみ、軽やかなステップで拳を避ける。
左腕が伸びきったところに黒夜刀で反撃をすれば、肉を裂き骨まで到達したかと思うほど深傷を与える。それは宙に半分ほど浮く状態で、もはや切断を目前とするレベルであった。
片腕でも落とせば、攻撃力や防御力は半減するはず。ここはひとまず、左腕に狙いを変更だっ!!
時間を稼ぐこと第一にしても、巡ってきた好機を活かさぬ手はない。
仮にブッチャーの体が修復されるとしても、今すぐ簡単には直らないだろう。深傷となった左腕に狙いを定め、決死の覚悟を持って前へ出る。
「グルゥ……」
左腕が垂れ下がったままでも攻撃の手は緩まず、弾丸のような右拳を飛ばしてくるブッチャー。素早く跳躍して左側に回れば、垂れ下がった左腕の前に出た。
「うぉおおおっ!!」
深傷を負った左腕の傷口を狙い、力の限りで黒夜刀を振り切る。
赤く高熱を纏った黒夜刀は、期待に応えるよう力を発揮。完全に振り切ったときには重く丸太のような左腕を、地面に叩きつけ大きな音が広場に響き渡った。
「準備完了だっ!! 一旦、離れろっ!!」
同時に仲村マリナの合図があり、広場の隅で鎖を持つ仲間たちは一斉に動き出す。長大な鎖は蛇のようにうねり、ブッチャーの巨体を巻きつけていく。
「押さえ込め!! 絶対に緩めるな!!」
「海斗さんに船を動かすよう伝えろ!!」
緑のターバンを巻いた男性は檄を飛ばし、白いターバンの者は合図を送りに向かっていく。前回は体制を整える前に動かれ、力負けもあって拘束は叶わなかった。
しかし今回は完全に体制を整え、二十人がかりの綱引きにも似たその光景。多勢に無勢で鎖を引かれては、一方的な展開になりそうなもの。それでもブッチャーは倒れることなく、尊厳を守るが如く屈しはしなかった。




