第271話 函館13
「今のままなら、とても決まりそうにないな」
「そうね。時間だけが過ぎて、小田原評定みたいなものよ」
結論の出ない話し合いに終わりは見えず、ハルノと一緒に会議室から退出。仲村マリナの許可を得て、暫しの休憩をもらうことにした。
「追い出すにしても、倒すにしても。ノーリスクなんてありえねぇよ」
「相手がブッチャーですもの。みんなの怖いという気持ちは、わからないでもないわ」
函館山展望台の廊下を歩く中でも、ハルノと一緒に議題は頭から抜けない。
全員の中に等しくあるのは、ブッチャーに対する不安と恐怖。話を決定させられないのは、心理的に逃げているからなのかもしれない。
「仮に今日の事前会議でまとまらなくても、明日の合同会議で話は進められるわよ。いつまでも決断を保留して、議論しているわけにいかないもの」
放っておいても自然と風向きは変わり、決断を迫られるだろうとハルノは言う。
五稜郭組と別のグループが加わることで、一つ大きなカンフル剤となるはず。それに脅威とされるブッチャーや泣き女など、屍怪となった者は待ってくれないのだ。
「そうだな。五稜郭組の意見も聞けば、良い道筋が見えてくるかもしれないし」
外部から新しい風が入ること期待し、函館山展望台の廊下を二人で歩く。
ハルノは五稜郭へ流れて、函館山展望台を知らない。今は結論の出ない会議より、気分転換を兼ね展望台を案内することにした。
***
「函館まで一緒にきた人たちは無事?」
「ああ、三橋さんたちは医務室にいるはずだ。でも黒木さんについては無事って聞いているけど、イマイチどこにいるかはっきりしないんだよな」
ハルノに仲間たちの動向を問われれば、知る限りの情報を伝える。
函館山展望台へ着き何度か、三橋夫妻とは顔を合わせている。しかし黒木さんについては、どこにいるのか居場所を掴めていない。
「黒木さんがいないと少し不安ね」
「でも黒木さんのことだから、何かしらを考え動いているはずだ。しばらく様子を見ようぜ」
ハルノは心配そうにして言うも、比較してそこまで不安はなかった。
黒木さんと行動を一緒にしていたため、単独行動を好むことは知っている。それにとても頭が切れて、腕力も人並み以上に強い。顔見知りという仲村マリナも、安否につき特に心配していなかった。
「函館山組のみなさんには、言葉で言い表せないくらい感謝しています。この場所なら、奈緒も安心して過ごせるし。このままここに居られたらって思います」
「函館山組のみなさんには、本当に良くしていただいて。ここなら安全な上に、人材に物資や医療。安心して出産に備えられると思う」
医務室に着いては夫の三橋勇気さんは言い、妻の三橋奈緒さんも気持ちを穏やかにしていた。
医務室の中は温かい光に包まれ、白いベッドが整然と並ぶ。妻の奈緒さんはお腹が大きく横になり、夫の勇気さんは傍に座って様子を見守っていた。
「二人とも表情は明るく、元気そうだったわね」
「手厚く保護してくれるって言っていたしな。奈緒さんは妊婦だし、函館山展望台に居たほうが良いかもしれない」
久しぶりに会ったハルノは様子を見て言い、宣言された言葉通りの対応に安堵する。
函館山組の手厚い対応により、落ち着いた日々を過ごせている様子。長く続けられること期待し、とても大きな励ましとなったようだ。
***
「なんだ? あれ?」
函館山展望台の外へ出た瞬間に、ふと頭上の空に何かが光って見えた。恒星というよりは人工物のようで、衛星のよう宙に浮かんでいる。
「繋がったにゃー!!」
「やっただのー!!」
函館山展望台の屋上から、響いてくるのは歓喜の声。ハルノと一緒に足を向ければ、ねこちーとまこたんはバンザイと大喜びしている。
「どうしたんだよ? 二人とも?」
「インターネットに繋がったらしいんだの。ねこちーはこのために、必死に頑張っていたの」
何をそんなに喜んでいるのかと思えば、まこたんは喜びの元を教えてくれる。
機械系統に強いとされ、動画配信者を目指すねこちー。かなり苦労をしたと聞くところも、インターネット接続が叶ったようだ。
「これで動画の編集も、アップロードもできるにゃ!!」
ねこちーは声を高らかに上げ、パソコンの前で興奮していた。
終末の日からインターネットの復旧など、一度も聞いたことはない。もし通信が可能になったのならば、それは物凄く大きな功績だ。
「蓮夜さん。隣の人は誰だの?」
「ああ。俺の幼馴染で朝日奈ハルノって言うんだ」
初対面となればまこたんは聞き、受けて代わりに紹介をする。
「はじめまして。朝日奈ハルノです。よろしくね」
「まこたんだのっ!! よろしくお願いしますだのっ!!」
自己紹介をしてハルノは手を前へ出し、まこたんも小さな手で握手をしている。
二人が挨拶を交わす中でも、パソコンの画面に夢中なねこちー。喜びの中で集中力が増したか、全く周りが見えていないようだ。
「で、こっちが動画配信者のねこちー。って言っても、今は聞こえていそうにないな」
「インターネットに繋がったなんて、終末の日から初めてじゃない? 夢中になるのも無理ない話よ」
事の重大さ重々承知の状況なれば、ハルノは寛容な姿勢を見せていた。
終末の日より前の世界ならば、一日に一度はインターネットに触れていただろう。ネット社会と呼ばれるほど身近で、依存を超え生活に欠かせなかったほど。今でこそ慣れてしまったものの、繋がれば便利なことこの上ない。




