第270話 函館12
「屍怪がいたら建物に隠れて、見つからないように進もうぜ」
街角を曲がっては時に穢れた姿を発見するも、気づかれないよう常に注意を払って。
屍怪の影を見る度に、心臓が跳ねる感覚。それでも泣き女の叫びは聞こえず、追手から逃れることできた。
「完全に振り切ったな」
「これなら山麗駅へ向かっても問題はないだろう。ロープウェイを使用し函館山へ戻ろう」
危機から逃れたこと確信へ変わり、仲村マリナは向かうべき道を示す。
歩いていく必要ある登山道より、ロープウェイの方が近く楽な道。屍怪に追われることなければ、後発的事情の変化というものだ。
「でも、気を抜くのはまだ早いわ。とにかく駅まで行きましょう」
ハルノは気を引き締めるよう言い、街を再び山麗駅へ目指し進む。
山麗駅に到着してはロープウェイに、函館山へ向かい上昇する高度。高所となれば先ほど逃げ回った場所も、今や小さく嘘みたいな景色である。
***
赤レンガ倉庫にて五稜郭組と合同作戦会議を前に、函館山組で事前会議が取り行われることになった。
薄暗い会議室にて長テーブルを囲み、着席をする緑のターバンをする十名。ハルノと前列から一番と二番の席に座り、静かにただ開始のときを待っていた。
「明日の会議について、みんなの意見を確認しておこう」
テーブル中央にて話を主導するのは、リーダー代行の仲村マリナ。
仲村マリナをリーダー代行として、幾度も難局を乗り越えてきた函館山組。明日にも行われる五稜郭組との作戦会議は、グループとしても特に重要な局面だ。
「まず、五稜郭組との協力に関して。私は彼らの協力を受け入れるべきだと思っている」
仲村マリナが意見を落とした瞬間に、会議室の空気が凍りつくような感覚があった。五稜郭組とは過去に確執や信頼関係の脆弱さあり、メンバーたちに不安を呼び起こしているのだろう。
「彼らが手を差し伸べてきた理由は明白だ。彼らも私たちと同じように、屍怪の脅威に苦しんでいる。今こそ敵対している場合ではない。協力し合わなければ、この函館が飲み込まれてしまう」
仲村マリナの冷静で説得力ある言葉に、誰しも静かに耳を傾けていた。
隣のハルノと視線を交わすも、揃って発言を控えることに。今はあくまで聞き手の役に回り、仲村マリナに話を任せようと思った。
「でも、五稜郭組が本当に信用できるかは別の問題だ」
やや険しい声で言ったのは、緑のターバンをした一人の男性。
「食料盗難の件を皮切りに、何度も五稜郭組とは衝突している。そんな奴らを簡単には、信用することはできないと思う」
緑のターバンをする者は腕を組み、不安気な表情を浮かべ続けた。
元は一つのグループであったと聞くも、少しずつできた溝は次第に深く。敵対意識も強くなっていけば、簡単に協力とはいかないようだ。
「その点は十分に承知している。しかし協力を受け入れることで、屍怪への対策も広がるだろう。明日の会議でどう協力していくか具体的に話し合い、対等以上の関係に持ち込めるよう交渉をするつもりだ」
仲村マリナは冷静かつ自信あり気に答え、メンバーに少しずつ安心感を与え始める。
函館山組のリーダー代行となり、実績から得てきた信頼。仲村マリナの発言にはやはり、とても大きな影響力があった。
「ではとりあえず、五稜郭組とは協力の方向で進めようと思う。次は函館へ再び戻ってきた、テラォード・ブッチャーについてだ」
仲村マリナが議題を切り替えると、会議室はにわかに騒つく。
テラォード・ブッチャー。元は函館にいたということで、やはり誰しも認知しているようだ。
「私たちには二つの選択肢がある。ブッチャーを倒すか、再び市外に追い出すかだ」
仲村マリナは静かに言い、みんなの顔を見回す。ブッチャーを相手に戦うという決断は、どれほど危険かを全員が理解していた。
「私の考えとしては、今度こそ倒すべきだと思っている」
「倒すって、どうやって?」
仲村マリナが自らの意見を述べる中で、ハルノはその方法につき尋ねた。
策を考えていたというのは、事前の話あって知るところ。それでもブッチャーを相手にして、生半可な案では弾かれてしまうだろう。
「そうだな。説明しよう。その作戦とは――」
仲村マリナは長い時間を使い、考えたという策の説明を始めた。
それは大胆でありながら、函館だからこそできること。加えて多くの協力者を必要とし、一人では決してできぬ策であった。
「それ、本当に上手くいくのか?」
策を聞いていたメンバーの一人は、具体性につき半信半疑となっている。
しかし疑いたくなるのも、仕方がなく思える策。全員が簡単に賛同するはずなく、意見はまとまらず暗礁に乗り上げた。
「俺は面白いと思うけどな。ブッチャーを野放しにしておけば、いつか全員が危険に晒される。倒すとしたならば、今回はそのチャンスだ」
なかなか高難易度な作戦であるも、それ以上に期待感もあった。
ロケットランチャーを受けても、倒せなかったブッチャー。確実に倒すのならば、仲村マリナの策は理に叶う。
「簡単に言うなっ!! こちとら命が賭かっているんだぞっ!!」
「なら、どうするっ!? やはり市外へ追い出すのかっ!?」
他のメンバーも次々に意見をして、会議室は騒々しいものに変わった。
ブッチャーを倒すという話から、再び市外へ導くとの話に。しかしどちらも万人が納得する決定打はなく、類似の内容をグルグルと堂々巡りになった。




