第268話 函館10
「……もう行ったかしら?」
「……どうだろうな」
クレーンゲーム機を前にハルノと息を殺し、誰にも見つからないように身を潜める。
ブッチャーに追われ逃げ込んだのは、数多のゲームあるゲームセンター。クレーンゲームコーナーにはぬいぐるみやフィギュアが飾られ、ガラス越しに並べられては埃が積もる。他に対戦ゲームやダンスゲームとあるも、停電下なれば全て暗く沈黙している。
「もう少し待ってみよう」
隣のクレーンゲーム機の影に、隠れている仲村マリナは言った。
近くには魚村海斗も隠れており、ブッチャーという嵐。災いが去ることを揃って、願い祈り待っていた。
「グルウゥ……」
ブッチャーの呻き声と足元が近づき、不安と緊張感に身の縮む思いとなる。
視覚的に認識されていなければ、どこにいるか把握されていないはず。それでも徘徊を続けるのは、獲物と決めた者への執着心か。見つかれば再び、騒動となるのは避けられない。
「ピキッ……」
ブッチャーの体がクレーンゲーム機にぶつかったようで、軋むような音を発しガラスに蜘蛛の巣に似たヒビが入る。
「きゃっ!!」
僅かな間を置いてガラスは飛散し、ハルノの頭上へと降り注いだ。
「ヤバいっ!! 見つかったぞっ!!」
距離を近く声を上げてしまえば、気づかれぬはずもない。
ブッチャーが顔を向けた瞬間には、四人は揃ってゲームセンターの外へ脱出。ジャケットやパンツなど並ぶ紳士服売り場を、逃げ場を求めて走る展開となった。
「グルウゥ……」
相変わらずの低い唸り声を発し、ゲームセンターから出てくるブッチャー。
ゆっくりと足を前へ出したかと思えば、身体も自然と傾き腕が振られてリズムを刻む。動作のテンポは次第に速くなり、走り出したと判断するに時間は必要なかった。
俺たちが回避した陳列棚とか、全くお構いなしかよ。
前へと意識を強く持つも、後方が気になりチラチラ見てしまう。ブッチャーの腕に触れれば、弾き飛ばされていく商品。ハンガーに掛けられている衣服から、陳列棚は倒され踏み潰される。レジに至っては設備そのものを、建物の支柱すら障害物と全てを破壊。
テラォード・ブッチャーを前にして、行方を阻むものは何もなし。まさに無双と身体の強さを示し、最凶最悪な追跡者が背後にいた。
「何か考えないとっ!! このままじゃあまずいわっ!!」
無差別に破壊をして迫る姿を後ろに、ハルノは険しい顔をして叫ぶ。
しかしほどなくして再び、支柱が破壊された瞬間。僅かに身長が低くなったかと思えば、床が窪み足元が崩れて姿を消すブッチャー。遠目に見ても大きな穴が空いており、一階に落下したと理解できる。
「何をしているっ!! 早く行くぞっ!!」
しかし仲村マリナは余裕を全く見せず、出口へ向かう姿勢を継続し急かした。
「あの程度で、ブッチャーを倒せるわけがない」
ショピングモール駐車場まで脱出し、魚村海斗は後ろへ振り返って呟く。ようやく一息つける状況となるも、希望的な観測を持つべきではない。それはブッチャーという脅威を知る、四人全員の共通見解であった。
今回の件は新千歳空港にて、初めて対峙したときと被る。ロケットランチャーにて連絡通路を破壊し、瓦礫の下に姿を消していたブッチャー。倒したと思ったところも結局は健在で、最期を見るまで確信を持つはナンセンスだ。
「しかしまたあのブッチャーが函館に戻ってくるとは。仲間たちにも急いで知らねばならない」
「それはオレも同じだっ!! 早く五稜郭の仲間に伝えなければっ!!」
仲村マリナの発言をトリガーに、魚村海斗も仲間たちを心配している。
何度もブッチャーと対峙して、肌身に染みて知る脅威。ともに仲間の身を案じる立場から、予断を許さない状況と判断していた。
「……魚村海斗。ここは一時協力できないだろうか? ブッチャーによる被害が拡大する前に、素早く対処することを優先したい」
仲村マリナは考え込むように目を閉じ、険しい顔をして提案した。
未だ確執のある二つのグループであるも、ブッチャーという脅威の存在は大きい。腹に据える思いを今は保留し、手を取り合う姿勢を打診した形だ。
「対処をするって、一体どうするつもりだ?」
「何度も苦湯を飲まされてきたブッチャーだ。もちろん無策というわけではない。今日という日までブッチャーを忘れず、次に会ったときを想定し考えていた策がある」
提案に対して魚村海斗が質問すれば、仲村マリナには時間をかけた策があると言う。
以前に函館から追い出すこと成功しても、倒せていなければ脅威自体は消えていない。万が一にも再び戻ってきたとき、次はどうするかと思考を止めていなかったのだ。
「お互いにいろんな感情はあると思いますけど。俺はブッチャーという大敵を前に、今は協力し合うべきだと思います。それじゃないとイタズラに、被害を拡大させるだけだ」
各々に鑑みられる事情があること承知の上で、今は何を最も優先して動くべきか。過去を拭いきれなくとも、未来的視野で考えてもらいたかった。
「対処をするのならば、作戦会議が必要か。……了解だ。場所は赤レンガ倉庫でどうだ? 問題ないなら明日にも、仲間たちを連れて向かおう」
魚村海斗は首を縦にして納得をし、場所を提案し話は決まった。
函館山組に五稜郭組と二つのグループも、ともにリーダー格がいたこと幸い。二人の一存で話の大枠は決められ、戦いに思考を巡らせることになった。




