第267話 函館9
「……まずい。次の標的はきっと、ここにいる俺たちだ」
生きている者ここにしかいなければ、次の狙い行動はある程度の予想がつく。
しかし先行した四人が倒され、奇しくも残った人数は同じ。武器のレベルも特別上とは言い難く、容易に太刀打ちできるとは思えない。
「急げっ!! 逃げるぞっ!!」
仲村マリナは声を張り上げて言い、向かうは駐車場からショピングモール。
開けた場所では認識を外せず、追っ手を撒くこと不可能。ブッチャーと対峙より逃げるならば、ショピングモールへ向かうは悪くない判断だ。
「なんでこんな所に、ブッチャーがいるのよっ!?」
ショッピングモールを目指し走る中で、ハルノは苛立ちを隠せずいた。
カートやカゴの残る一階フロアの先に、見つけたのは上へ向かえる階段。背後の自動ドアにはブッチャーが迫り、二階へ逃れることに迷いはなかった。
「……二人とも。ブッチャーを知っているのか?」
二階にて魚村海斗は呼吸を整えつつ、存在を認識していること驚いていた。
「俺たちは新千歳空港で、ブッチャーと一戦を交えているんです。自衛隊のロケットランチャーで倒したと思ったんだけど、倒せてはいなくて。登別でも遭遇……もしかして、ブッチャーは俺たちを追ってきたのか」
経緯を説明する中でも推察し、一つの可能性が頭の中に浮上する。
屍怪には生存者を狙う習性があり、ブッチャーも当然に同じであろう。向かう先々で何度も遭遇しては、追ってきたと考えるのは当然の流れだ。
「って言うか、ブッチャーを知っているんですか?」
新千歳空港にて初遭遇をして、距離を遠くした函館の地。ブッチャーを知っていること逆に、驚きを覚える部分があった。
「これを見てみろ」
言って仲村マリナが指差すのは、壁に貼られた一枚のポスター。
【北欧の巨人。テラォード・ブッチャー襲来。函館総合センター】と記載がされ、六人の屈強な男たちが映っている。
「ブッチャーは函館へ巡業に来ていたプロレスラーだ。我々も何度か遭遇し、その度に大きな損害を出している」
仲村マリナが告げる衝撃の事実に、あまりの驚きから息を呑んだ。
函館にいたとされるブッチャーと、初遭遇をしたのは千歳市。行ったり来たりを繰り返し、実に五百キロは移動をしているだろう。
「ブッチャーを倒そうともしたが、どうしても倒すことはできなかった。だから仕方なく車で誘導し、やむなく市外へ追放したのが暫く前の話だ」
まだ一つのグループであったとき幾度も戦い、苦労をして追い出したと魚村海斗は説明する。
ブッチャーを函館に呼び戻したのは、他ならぬ自分たちなのかもしれない。意図したことではない話でも、責任の一端を感じずにはいられなかった。
***
「こっちへ向かってきているわ」
二階の吹き抜け部分から、一階を見てハルノは言う。
姿を見られぬよう意識していたものの、ブッチャーは一直線に階段の方向へ。二階へ向かう意志が明確なれば、留まりやり過ごすことは不可能だ。
「追いつかれる前に、先へ進むぞっ!!」
仲村マリナが先んじて促し、ショピングモールを奥へと向かう。
「アガァァア……」
しかし行く手を阻むよう廊下に出現したのは、腐臭を漂わせた屍怪たち。
ブッチャーに背後を追われようとも、ここは安全地帯ではない外。どこに屍怪が存在しても、不思議のない現実だ。
「時間がないっ!! 倒して進もうっ!!」
魚村海斗は鼓舞するように言い、銀色の槍を構えて対峙する。仲村マリナが持つのも槍のスピアで、ハルノが持つのはサバイバルナイフだ。
「ハルノ。弓は……コンパウンドボウはどうしたんだよ?」
今にして気づくこと遅い話も、本来なら持っていたはずの武器がない。
札幌の武器展示会にて、入手をしたコンパウンドボウ。ハルノからして苦楽をともに、終末世界を乗り越えてきた相棒だ。
「少し調子が悪くてメンテナンスをしていたの。あとで取りに行こうと思って。今は五稜郭のミサキに預かってもらっているわ」
コンパウンドボウない理由を、ハルノは簡潔に説明をして前を見据えた。
しかし主武器を失くして、間合いの近いサバイバルナイフ。丸腰よりは格段に良いも、屍怪との戦闘に不安は強い。
「ハルノはギリギリまで下がっていろっ!! ここは俺と、俺たちに任せてくれっ!!」
今は戦うこと控えるように促し、ここは三人での突破を図る。
廊下に展開をして迫る屍怪は、肩を揺らして手を伸ばす五体。全員が武器を所持しているから、互角以上に渡り合えるはずだ。
「このクソっ!!」
「はぁああっ!!」
最初に動いた魚村海斗は先頭の一体を、仲村マリナも次点を相手に奮戦する。
屍怪の相手をするのは、初めてではない。二人とも臆することなく立ち向かい、戦力として申し分はなかった。
「一刀理心流。円舞」
黒夜刀を抜いては奥へ斬り込み、踊り舞うかの如く刃を振るう。速攻の一斬にて一体の頭を両断し、手を伸ばす二体目を屈んで回避し足を切断。
「アガァァア!!」
三体目の屍怪が先に主張をしては、立ち上がり優先度を替えて斬り払い。
刃は素早く正確に首元を捕らえ、宙に浮き落ちていく屍怪の頭。終わりはまだと黒夜刀を頭上へ振り下ろし、空中にて屍怪の呆けた面を真っ二つに両断した。
「……凄いな。……君」
戦いを見ていた魚村海斗は、口を半開きに感心をしていた。
魚村海斗と仲村マリナも屍怪を倒し、先へ進む道は開かれた。ブッチャーから逃げきるため、時間を無駄にしている暇はない。
「アガァ!! アガァ!!」
足を切断された屍怪は地を這いつくばり、それでも追おうと手を動かしている。
「ブッチャーから追いつかれるより前に、早く先へ進みましょう!!」
脅威であっても危険度の落ちた相手で、これ以上に構う時間は惜しい。
屍怪はもちろん脅威であるも、それ以上に厄介なのはブッチャー。倒すこと想像できないほどの強敵なれば、今は何より前へ逃げること優先しなければならない。




